2011年06月24日

合気道と大東流合気柔術

合気道は植芝盛平翁が創始した日本を代表する武道のひとつです。

スティーブン・セガールの映画で合気道を目にした人も多いでしょう。
(命が惜しければコックには手を出すなw)

合気道の達人は養神館の塩田剛三氏、心身統一合氣道の藤平光一氏などが挙げられます。

合気道の逸話、名人は多くの人が知るところなのでここでは触れません。

合気道の知名度に反して合気道とは何か? ということは意外と知られていないと思います。

技術のルーツは「大東流合気柔術」であり、それに大本教(教祖:出口王仁三郎)の精神性を加味して成立した武道が合気道です。

植芝盛平翁は合気道の創始者ですが、大東流合気柔術を長く修行して大東流を教授できる「教授代理」を取得し、大東流の師範代を務めていました。最後は大東流の最高の免許証であった「解釈総伝証」まで得ています。植芝翁は、足掛け20年に渡り大東流を修業していました。これって意外と知られていませんよね?

現在では「合気道」の方が国内でも世界的にも有名になっているので、「大東流」のことを知らない人が多いと思います。

Wikiは日本語版より英語版の方が客観的に合気道の成立を論じています。

英語版には大東流中興の祖であり、植芝盛平翁の師匠である武田惣角と、大本教教祖の出口王仁三郎の写真が掲載されていますが、日本語版にはなぜか写真がありません。
合気道 - Wikipedia(日本語)
Aikido - Wikipedia(英語)

普通なら日本語版が一番詳しいはずなんですけどね・・・。

「ある意図」を持って「誰か」が編集しているものと推測されます。

「誰か」の気持ちは良くわかります。世界的にも有名になり、日本を代表する武道の一つである合気道開祖をできるだけ神格化しておきたい、という気持ちがあるのでしょう。

技術の根本(というかほとんど全て)が他の柔術(大東流)から来たものであり、精神性の柱は、戦前に政府に徹底的に弾圧された宗教団体の大本教です。

また開祖がその教祖に心酔していた。

これらの事実は隠しようが無いので隠してはいませんが、積極的に世間に知らせる必要もないということでしょう。

出口王仁三郎が大正13年に中国大陸に渡ったとき(パインタラ事件)に、植芝盛平翁も同行しており、そのときの写真が残っています。この写真は大正13年6月に蒙古で逮捕された王仁三郎一行を、パインタラ公署監獄前で撮影したものです。過去にムーにも掲載されたことがある有名な写真です。

左から2人目が出口王仁三郎、左から3人目の一番背が低い目つきの鋭い人物が植芝盛平翁です。また逮捕中のため、全員、逃亡できないように足枷がはめられています。(足首をよく見ると見えます。)

若き日の植芝翁の顔がはっきりと識別できます。

日本人なら誰でも知ってる合気道ですが、その成立については意外と知られていないと思いますので、ちょっと書いてみました。

陰謀論的な内容もあって、オカルトファンには良い記事となったかな?

【関連リンク】
スティーブン・セガール 沈黙の戦艦 合気道を使う最強のコックが大勢のテロリストを倒す映画
出口王仁三郎 - Wikipedia 合気道の成立・精神性に大きな影響を与えた大本教教祖(実質)の解説。
霊界物語(出口王仁三郎) 出口王仁三郎著の霊界物語を紹介するサイト。膨大なデータあり。
大東流合気柔術 - Wikipedia 合気道の技術の源流となった大東流の解説
武田惣角 - Wikipedia 大東流合気柔術・中興の祖、武田惣角の解説

【関連書籍】

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posted by 桜 真太郎 at 21:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 武術の達人
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