2011年10月04日

ドイツ第三帝国の円盤型航空機 ハウニブ "HAUNEBU"


※アルプスを背景に飛行するハウニブのイメージ画像

最も有名なドイツ第三帝国製のUFOハウニブ"HAUNEBU "。

戦時体制で化石燃料に乏しいドイツは、代替エネルギーの研究を進めていました。液化石炭、気化石炭、バイオアルコール、液体酸素タービン、核反応タービンなどの様々な研究成果のひとつとしてEMGエンジンの技術がありました。JFM、フライブルグ・ディスク、RFZの研究成果によりEMGエンジン[E:Electro(電気的な), M:Magnetic(磁気的な), G:Gravitic(重力の)]すなわち、「電磁重力系エンジン」の技術を手に入れたのです。

1939年までに開発されたこの系統は、革命的な電磁重力系エンジンでした。ヴァン・デ・グラーフ・バンド・ジェネレーターおよび、マルコーニ渦発電機(水銀の球形タンク)につながれたエネルギーコンバーターです。強力に回転する電磁界は重力と質量に影響を与えるものでした。


トゥーレエンジン "Thule Triebwerk" 、別名タキヨネーター7 "Tachyonator 7"の概念図。

1935年のドイツ再軍備宣言以降、トゥーレ協会はこのようなディスク型航空機の開発と実験のため、目立たない場所を探していました。予算と人員がついて本格的に開発を開始したということでしょう。そして北西ドイツのホイネブルグ "Hauneburg"に実験場を設置します。この系統のディスクは ホイネブルグ装置 "H-Gerat" (Hauneburg Device)と呼ばれました。SS E-IV(SS技術支援系統E-IV)の名称としては単にトゥーレ・ディスクです。

戦時セキュリティの問題(開発場所秘匿)から、この系統のディスクをホイネブルグ装置 "Hauneburg Device"から最初の7文字を取ってハウニブ "Haunebu"に名称変更し、単純に円盤型航空機RFZ開発の連番でRFZ-5の開発名を指定しました。名称はRFZ-5ですが、ヴリル協会がアラド社のブランデンブルグ航空機工場で開発していたRFZ-1〜4とは別系統の、当初からSS技術支援系統E-IVの支援を受けて開発した円盤型航空機です。

開発初期のハウニブI "Haunebu I"は2機の試作機が製造されました。直径25mで乗員は8名、航続時間は18時間。低高度では驚異的な速度4,800km/hが得られました。その後、機体の強化により、速度は17,000km/hを達成しています。

高速度による大気との摩擦による高温に耐えるため、外壁用にヴィクタレン "Victalen"と呼ばれる特別の装甲が、円盤型航空機ハウニブとヴリル両シリーズのためにSSの冶金学者によって開発されました。

ハウニブ Iはヴィクタレンの二重船殻を持っていました。

武装について、初期のモデルではやや大きめの実験銃の装備が試されました。それはトゥーレエンジン "Thule Triebwerk"からエネルギーを供給される口径60mmの強力な光線砲(KSK砲)でした。 ドイツ語ではクラフト・ストラ・カノーネ "KraftStrahlKanone" (KSK)、英語にすると"Strength-ray-cannon"です。日本語に直訳では「強力な−光線の−大砲」となります。

ハウニブIの機体下部に搭載されたKSK砲

この武器がレーザー"LASER"光線だと示唆されることがありますが、レーザーではありません。

1945年にヴリル7 "Vril 7"がソ連軍によって撃墜されました。回収された機体の残骸には、下部に類似のKSK砲が装備されていました。戦後、その奇妙な金属球と螺旋状のタングステンは、武器であるとは認識されていませんでした。しかし、最近になってトゥーレエンジンに接続されている球体は強力なエネルギーを発生させ、それを発射する装置であることが認識されました。カスケード発振器により強力なエネルギー爆発を生じさせ、それをコイルに包まれた長い砲身の中にある、精密なタングステンコイルを伝送棒として発射するというものです。このエネルギーは敵の強力な4層以上の装甲も撃ち抜けると考えられています。

トゥーレエンジンに接続されたカスケード発振器とタングステンコイルの概念図

  
タングステン送信コイルの写真         ボールカスケード発振器の一部の写真

しかし、重砲の装備は円盤型航空機を不安定にさせるため、後続の機体ではMK機関砲と軽量の機銃装備をモデル化しました。(ただし、いくつかの写真ではそうでないものもありますが、内部にはMK機関砲と軽量の機銃が装備されていると思われます。)

ハウニブIは1939年に初飛行し、2機の試作機で52回の試験飛行を行いました。

1942年には直径を26mに拡大したハウニブII "Haunebu II"が飛行試験を行いました。この機体は、乗員が9人となり、さらに耐久試験飛行における超音速飛行に成功しました。耐久飛行試験では、毎時6,000-21,000 km/hの超音速飛行を含めて、55時間の飛行を達成しました。

直径32mのドルニエ共同開発機Do-Stora、オリジナルのハウニブIIの両方ともヴィクタレン"Victalen"の二重船殻により大気との摩擦で生じる熱から船体を保護していました。これらの試作機7機により1943年から1944年の間106回の試験飛行を行いました。

1944年までに完全な戦闘用試作機ハウニブII Do-Stra(ドルニエ共同開発機)"Haunebu II Do-Stra"が完成しテストされました。2種類の試作型が製造されました。これらの大型機には20人の乗員がおり、生き残った者が体験談を話しています。その機体は時速21,000 km/hを超える超音速飛行が可能でした。

SSはユンカースとドルニエ両社でのハウニブII 量産を意図し計画書を提出させますが、1944年の終わりから1945年当初にかけてドルニエが選ばれました。しかし、戦争の終結により1機も完成することはありませんでした。

さらに大きな、直径71mのハウニブIII "Haunebu III"もありました。1機だけの試作機は戦争終了直前に製造されました。乗員は32名、最高速度は7,000-40,000km/hでした。三重のヴィクタレンの船殻を持ち、7週間から8週間の飛行が可能でした。この機体は19回の試験飛行を行いました。

このわずか1機だけ製造されたハウニブIIIは1945年3月、トゥーレ協会とヴリル協会が撤退(南米か南極でしょうか)するために使用されることになっていました。

東洋、夜明け、再生および蘇生を表すドイツの古い女神オスタラ "Ostara"と名付けられ、多数のトゥーレ協会とヴリル協会の技術者、幹部を乗せ、搭載重量超過で過負荷のハウニブIIIは、A-9またはA-10ロケットのブースターをつけ、SS将軍ハンス・カムラーとともに飛行したのかも知れません。

※女神オスタラ "Ostara"のイメージ画像(クリックで拡大)

ハウニブIIIが火星へ飛行したという説が戦後になって出てきましたが(矢追さんの番組でも・・・)、酸素発生装置、与圧服などの性能から不可能であると考えられます。

更なる計画として、直径120mのハウニブIV "Haunebu IV"が準備中でした。しかし、その機体が戦時中に完成したということは知られていません。

しかしながら、占領下にあるドイツにおいて戦後の数年間で多数のハウニブが発見されています。不可解なハウニブの技術は全て第三帝国の外の避難所、Neu Schwabenland、南極大陸に戦時中に建設された211基地などに退避したと信じられています。

ハウニブの性能、および概要は次の通りです。

ハウニブI(HAUNEBU I)

中武装のフライト・ジャイロ
直径: 24.95 m
動力: トゥーレ・タキヨネーター (Triebwerk) 7b
制御系: マグ・フィールド・インパルサー 4
速度: 4,800 km/h(理論上は最大17,000 km/h以上)
航続距離: 飛行時間18 時間
武装:80 mm 2連装 KSK砲(回転砲塔1基)(注1)
  MK-108ラインメタル社製30mm機関砲x4
装甲: ヴィクタレン"Victalen" 2重船殻
乗員:8名
ホバリング滞空時間:8分間
全天候、昼夜飛行可能
宇宙航行能力: 60%
初飛行:1939年
運用開始:1944年
製造機数:2機

(注1)
英語では"2 x 80 mm KSK in rotating turret"。
ムー2011年2月号76ページでは「回転砲塔に8センチKSK砲2門」。

ドイツの砲は有名なものは75mmのKwK37/24(III号戦車、IV号戦車に搭載)やKwK42 /L70(V号戦車パンテルに搭載)、ほか24PaK42/ L/70、88mmではTwK36 L/56(VI号戦車ティーゲルに搭載)がありますが、80mmの砲はありません。

MK108ラインメタル社製30mm機関砲は有名な武器です。世界初の実用ロケット戦闘機Me-163やジェット戦闘機Me-262にも搭載されているので、軍事マニアならすぐにピンと来ます。説明の必要はないでしょう。

ドイツの一般的な砲で80mmの砲は無く、KSK砲は特殊な「光線砲」です。


ハウニブIに搭載された60mmKSK砲とMK108 30mm機関砲。上記の諸元と相違があるのはごく初期の試作モデルであるためと思われます。



ハウニブII (HAUNEBU II)

重武装のフライト・ジャイロ
直径: 26.3m / ドルニエ共同開発機Do-Stra 32.0 m
動力: トゥーレ・タキヨネーター (Triebwerk) 7c
制御系: マグ・フィールド・インパルサー 4a
速度: 6,000 km/h(理論上は最大21,000 km/h以上)
航続距離: 飛行時間18 時間
武装: 80 mm 2連装 KSK砲 (回転砲塔3基)
   110 mm KSK砲 (回転砲塔1基)
装甲: ヴィクタレン"Victalen" 3重船殻
乗員:9名 (その他、船室に20名以上乗船可)
ホバリング滞空時間:19分間
全天候、昼夜飛行可能
宇宙航行能力: 100%
初飛行:1942年
運用開始:1944年
製造機数:5機 / ドルニエ共同開発機Do-Stra 2機


ハウニブIII (HAUNEBU III)

重武装のフライト・ジャイロ
直径: 71m
動力: トゥーレ・タキヨネーター (Triebwerk) 7c plus およびシューマン浮遊装置
制御系: マグ・フィールド・インパルサー 4a
速度: 7,000 km/h(理論上は最大40,000 km/h以上)
航続距離: 飛行時間7-8週間
武装:110 mm KSK砲 (回転砲塔4基、機体下部に3基、上部に1基)
   80mmKSK砲(回転砲塔10基)
   MK108 30mm機関砲 x4
   50mmKSK砲 x8
装甲: ヴィクタレン"Victalen" 3重船殻
乗員:32名 (その他、船室に70名以上乗船可)
ホバリング滞空時間:25分間
全天候、昼夜飛行可能
宇宙航行能力: 100%
初飛行:1945年
運用開始:1945年
製造機数:1機


ハウニブIV (HAUNEBU IV)

重武装のフライト・ジャイロ
直径: 120m
※計画のみ。1946年に製造予定。


ハウニブの写真

飛行中のハウニブI


ハウニブIを下部から撮影。大型の砲塔に搭載されたKSK砲がはっきりと写っています。ごく初期の試作機でしょう。


上記写真の別カット。この写真はもう1枚あります。(リンク先参照)


軍用トラックと一緒に撮影されたハウニブII。


着陸中のハウニブII。


飛行中を撮影したハウニブII。


ハウニブIIIの写真。


映画「アイアン・スカイ」に登場したハウニブIII。


ハウニブIIIのCG。


上の写真が元画像のCG。下の画像が手前に人物を合成してセピア色にしたフェイク写真。どちらも"HAUNEBU"で画像検索をして出てきた画像です。

現代ではCGと画像加工ソフト(PhotoShopなど)でどんな写真もできてしまうので、ネット上の画像の真偽は全くわかりません。

戦後アメリカが押収したドイツのハウニブに関する資料を、アメリカ公文書館で請求して入手すれば一番確実ですが、研究者じゃないのでそこまではできませんね。また公開されるかも不明ですw

さて、ここまでハウニブの記事を書いてきましたが、もっとも有名なUFOのひとつ、アダムスキー型UFOとハウニブの類似性に触れておく必要があるでしょう。

ジョージ・アダムスキー(英: George Adamski、1891年4月17日 - 1965年4月23日)は、コンタクティー(「宇宙人と会見した」と自称する者の総称)の元祖として知られるポーランド系アメリカ人。彼が撮影した空飛ぶ円盤は、いわゆる「空飛ぶ円盤」の典型的なイメージとなった(後の未確認飛行物体UFOにおいても「アダムスキー型」と呼ばれる形状の報告がある)。宇宙人と空飛ぶ円盤との遭遇体験を書いた本はベストセラーになった。彼の写真を模型を使ったトリック撮影であるとした説が広められているが、8ミリ映像はコダック社の光学物理学者ウイリアム・シャーウッドによって、8メートルほどの物体を実際に撮影した映像であると鑑定されている(出典:George Adamski:The Untold Story(Lou Zinsstag,Timothy Good , Ceti Publications, 1983[1]) 同様に、体験記はかつて彼自身が書いたSF小説(年譜を参照)を元にした創作だったとする説が広められている(と学会の著書などを参照)が、実際にその小説とは異なった新たなストーリーになっている(後述の年譜及び参考文献を参照)Wikipedeiaより引用



左:アダムスキー型UFOの写真 右:アダムスキーが金星人と出合った場面のイラスト

ハウニブII型とそっくり、というかそのものですね。機体下部の3基のKSK砲塔は、アダムスキー型UFOにおいては砲身が無くなり、「着陸ギア」であるとされています。

ジョージ・アダムスキーがUFOとの遭遇を主張し始めたのは1950年代初期のことです。ドイツの技術を入手したアメリカが盛んに円盤型航空機の実験をしていた時期と重なります。

アダムスキーのUFO遭遇事件は、ドイツの円盤型航空機の技術を隠蔽するための情報操作ではないでしょうか。カナダのアブロ社でコアンダ効果を利用した円盤型航空機"Avrocar"の実験を行い、実用化できないことを公表したのも、一連の情報操作の一環でしょう。

しかし、逆にハウニブがナチス残党やナチスを信奉する者たちの等の情報操作であるという可能性も指摘されています。現在ネットで出回っているハウニブ画像および設計図などは、ほとんど全て出所が同じです。1994年の矢追さんの番組でテンプル騎士団のメンバーだというノルベルト・ラトホッファー氏が情報提供者として紹介されています。ラトフォッファー氏が提供したとされるハウニブの写真、画像に現在ネットで出回っているものが、ほぼ全て含まれています。

とはいえ、全く別のルートから発見された「ベル型UFO ディグロッケ」の例もあるように、ハウニブが捏造だというのも、アダムスキー型UFOの情報を流した勢力の隠蔽工作の一環であると私は考えます。

※この記事は下記サイトの翻訳に一部加筆したものです。
http://discaircraft.greyfalcon.us/HAUNEBU.htm

【関連動画】
1994年放映の矢追純一氏のUFO特番でドイツ第三帝国のUFOが特集されていました。この記事に出てくる設計図、写真のほぼ全てが紹介されています。(2分割されています。)





YouTubeはこちら。9分割です。


【関連記事】
映画 アイアン・スカイ Iron Sky ドイツ第三帝国の逆襲
ドイツの円盤型航空機 1922年-1945年
ナチスのベル型UFO : NAZI BELL "DIE GLOCKE"
UFO衝撃映像 BEST5

【関連リンク】
Nazi UFOs - Wikipedia まずはここから。日本語なし。
Haunebu - Wikipedia(User:Piecraft) ハウニブのWiki(ユーザー記事)。各機体の詳細性能あり。日本語なし。
第三帝国の秘密フライングディスク 代表的な機体と多数の写真。英語。
第三帝国の円盤型航空機 1922-1945 系統および各機体の詳細な解説。英語
ナチスのUFOは真実?作り物? 巨大UFOサイトの記事。英語。
第二次世界大戦以前からのドイツUFO開発 英語。
ハウニブIIの1/144プラモデル 本体$98.00 送料(世界中)$18.00。日本円合計8,800円くらい。
インチキUFO写真展 アダムスキー型UFO写真の矛盾点を鋭く指摘w
ジョージ・アダムスキー - Wikipedia 最も有名なUFOコンタクティーの紹介。英語の方が詳しい。

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posted by 桜 真太郎 at 21:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | UFO
この記事へのコメント
こんにちは、飛行機模型を中心としたブログを運営していますワンモアともうします。
 ハウニブのプラモデルが出るので調べていたところ、当サイトさまの記事に出会えました。とても興味深い内容なので、是非、紹介させていただきたいと思います。
 記事の一部の内容を紹介させていただき、リンクを貼らせていただけるとありがたいのですが、よろしいでしょうか。
 また、当方、オカルト関連のサイトも運営しております。拙いブログですが、よろしければご紹介させてください。

 黄昏怪奇譚
http://tasogarekowai.blog.so-net.ne.jp/
Posted by わんもあ at 2017年03月22日 09:56
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