2012年06月03日

たけしのニッポンのミカタ!〜世の中の基準を疑え!?〜

たけしのニッポンのミカタ!〜世の中の基準を疑え!?〜
2012年6月1日(金)夜10時00分〜夜10時54分

レギュラー:ビートたけし、国分太一(TOKIO)

ゲスト:小出義雄(佐倉アスリート倶楽部監督)、はるな愛

全てのものには基準がある。その基準は一体、誰が何を理由に決めたのか!?今回は、あらゆる「基準」にスポットを当てて徹底取材。“省エネの基準が室温28℃なのはなぜ?”、“不動産のチラシに載っている「徒歩○分」の基準とは?”といった意外に知らない「基準」の成り立ちから、スポーツ界で時に物議を醸す「ルール」改正の歴史、さらに世界で高く評価されている日本のある「基準」にも迫ります!

毎週見ていますが、今回は初めて見聞することが多かったのでまとめてみました。

■キログラム原器
オープニングは日本のすべての基準の元のひとつである「キログラム原器」の紹介。

取材に対応してくれたのは、産業技術総合研究所 質量力標準研究室 上田知永さん。

茨城県つくば市にある産業技術総合研究所(AIST)に日本にただ一つのキログラム原器がある。プラチナで造られたキログラム原器は大型金庫に保管されており、取材不可。

レプリカは一般公開されている。

※パリにあるキログラム原器。三重のガラスケースに収められている。

二重のガラス容器に納められた円柱型の小さな金属の塊。材料はプラチナ90%にイリジウム10%の合金である。

これが「日本国キログラム原器」。

「日本の国の質量を量るすべての基準」であり、1kgの基準。1875年にフランスのパリで締結された「メートル条約」に基づき世界各国に配布された40個の複製原器のひとつ。(※日本にはK6、K30、K39の3個が配布された。アメリカはK4とK20の2個。K1からK40の連番を付けて国際的に管理している。)

わずかな質量の変化も許されないため、原器は大型金庫で厳重に保管している。


■気になる基準のルーツを徹底調査!?

■知られざる基準@ 省エネの基準とは?

※環境省のチームマイナス6%(現チャレンジ25)のアイコン。

クールビズの基準となる室温28℃はどうやって決まったのか?

環境省に問い合わせると法律を根拠に定められているということで早速調査!電話取材に対応してくれたのは、環境省地球環境局地球温暖化対策課国民生活室、相澤和春さん。

すると、健康的にオフィスビルを使用するために定められた法律「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」に明記された温度が“17℃以上28℃以下”となっていることがわかった。

1970年制定の「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」は健康的にオフィスビルを使用するために定められた法律であった。
http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/12/tp1218-2a.html

その条文を見るとビル内の温度は17℃以上28℃と書かれている。

ではなぜ上限が28℃なのか?

法律を管轄する厚生労働省のホームページを見ると、この法律を研究している研究者の名前が見つかった。近畿大学医学部 環境医学・行動科学教室 東賢一講師(専任講師で助教相当と思われます)。

東講師にインタビューを行ったところ、人が耐えられる最も高い温度が28℃だったので決まったとのこと。

その根拠は1920年代のアメリカや1950〜60年代の日本で行われた「快適な温度は何度か?」という実験に基づいている。

基準となったのは50年以上も前の実験だった。

当時、室内に大学生を集め、様々な温度について快適さを7段階で報告する実験を行った。また、工場内の女性作業者に温度調整を行いながら、快適度や疲労度を調査した。実験の中には上半身裸での測定、全裸で9時間過ごす状態での測定などもあった。

様々な実験の結果、快適な温度の上限は28℃となった。

■知られざる基準A 魚沼産コシヒカリの基準とは?

コメのなかでもひときわ値段の高い“魚沼産コシヒカリ”。

「魚沼産コシヒカリ」とは何なのか?

JA越後おぢやを取材した。対応してくれたのはJA越後おぢや営業生産部部長 池田忠行さん。「魚沼産コシヒカリ」とは新潟県の魚沼地域、北魚沼、中魚沼、南魚沼(4市3町)で作られたコシヒカリのこと。具体的には魚沼市、南魚沼市、湯沢町、旧川口町、小千谷市、十日町市、津南町である。

盆地のため寒暖の差が大きく、甘くて粘り気がありやわらかいのが特徴である。

同じ新潟県内でも魚沼地域以外で産出されたコシヒカリは一般的に割安だという。参考価格として、栃木産コシヒカリは1kg545円であるのに対し、魚沼産コシヒカリは1kg1400円であることが紹介された。

しかし場所によっては、農道1本隔てた左右の田んぼのなのに、その差が生まれる場合もある。番組では具体例として左側が小千谷市、右側が長岡市の田んぼを紹介していた。小千谷市側で作られたお米は「魚沼産コシヒカリ」、長岡市側で作られたお米は「一般コシヒカリ」となる。

地図上の境界線で魚沼産か否かは決定する。

■知られざる基準B 家選びに必須!「徒歩○分」の基準とは?
不動産チラシに必ず掲載されているといっていい「徒歩○分」の表示。これは一体どのように決められているのか?

東京の新宿にある不動産店に尋ねると、実際に歩くのではなく地図上で経路を計測して、80mあたりを1分として換算しているという。対応してくれたのはエステート・御苑前の営業 飯塚憲司さん。

不動産業界には「公正競争規約施行規則」という自主規制ルールがあり、徒歩1分は80mと記載されている。

距離以外にも細かいルールがあり、信号や踏切の待ち時間は算入しない、急な坂道も考慮しない。これが実際よりも時間がかかる印象を作っている原因のようだ。

では、そもそも徒歩1分80mの基準はどのように決められたのか?

規約を発行している「不動産公正取引協議会連合会」に取材をした。東京市ヶ谷にある、「首都圏不動産公正取引協議会」の事務局次長 斉藤卓さんに話を聞いた。

基準が作成されたのは昭和38年。当時の経緯が記載された「首都圏 不動産公取協の30年」という資料があった。その中の『「不動産の表示に関する厚生競争規約」の思い出』という記事に当時の事情が書かれていた。

原案は1分100mであったが、女性でも歩ける基準ということで実際に歩いてみて1分80mに変更された。「せっかちな私としてはずいぶんゆっくり歩いて測ったと記憶している。」という記述があった。

調べを進めると、実際に測った人物の消息が判明した。上記記事を書いた当時、公正取引委員会に勤務していた鈴木 深雪(すずき みゆき)さんである。

鈴木さんは電話取材に応じてくれた。

女性の代表として歩くので平均的な歩き方でないといけないと考え、当時流行していたハイヒールを履いて歩いた。鈴木さんが持っている一番高いヒールの靴を履いたが、高さとしてはかかとが低めの中程度のヒールであった。それを履いてできるだけゆっくり歩いて計測した。そうしたら1分間に80m以上歩けたので、表示は80mあれば十分だと考えた。実際に歩いたのは自宅の庭と、職場の廊下であった。

不動産広告の「駅から○分」という計測は、この鈴木さんが歩いた速さが基準になってるのである。

■基準を変えられ不利益を被った日本人!?
スポーツにとって絶対的な基準である「ルール」。その変更によって勝敗が大きく変わってしまったことも少なくない。

■水泳
1988年のソウル五輪・水泳男子100m背泳ぎ決勝で金メダルを獲得した鈴木大地選手。水の抵抗が少なく推進力が増す“バサロ泳法”で快挙を成し遂げた。競泳では実に16年ぶりの金メダル。

しかし、その直後ルールが改正され、無制限だったバサロ泳法の距離が10m以内に制限された。

国際水泳連盟によれば、限度を超えた潜水による失神などの危険性を考慮し、ルールを改正したいう。

■スキージャンプ
1998年の長野五輪・スキージャンプ団体ラージヒルで初の団体金メダルに輝いた日本。しかし、その直後にルール改正があり、板の長さの規定が変更。

従来、身長+80cmだったスキー板の長さが、身長×146%以内に変更された。この基準で板が短くなる境界は身長174cm。身長174cm未満の選手は、改正前よりも短い板を使用しなければならなくなった。

例として身長160cmの選手は板の長さが6.4cm短くなり、身長180cmの選手は2.8cm長い板を使用することができる。

一般的に板が長い方が有利とされるスキージャンプ競技。以降、外国勢と比べ身長が低い日本人選手は不振が続いている。

■柔道
最もルール改正の影響を受けているのが柔道。1964年の東京五輪以降、日本のお家芸ともいわれた花形競技だったが、判定基準や体重クラスが細分化され、豪快な技を競う“武道”ではなく、いかにポイントを奪うかというスポーツに変化した。

1964年東京オリンピックでは判定は一本、技あり、反則負けだったものが、1976年のモントリオールオリンピックでは、一本、技あり、有効、効果、反則負け、警告、注意、指導と判定が細分化した。(現在は効果、警告、注意は廃止されている。)

さらに体重も1964年には4階級だったものが、現在は7階級にまで細分化され無差別級が廃止、柔よく剛を制す、豪快な一本技といった武道の理念が薄くなってしまった。そして、日本の柔道は世界で苦戦している。

■どこまで聞けるか!?太一の解体珍書
世の中には様々な人がいる!そんな人たちの生態を国分太一が徹底調査するコーナー。今回のテーマは「基準」ということで、今の世の中で“スタンダードになっているモノ”を作った皆さんを徹底リサーチ!

定番商品を作り出した人を紹介。

■村上節子さん(70歳)
東京有楽町にある創業55年のカフェ「紅鹿舎(べにしかしゃ)」のオーナー。ピザトーストを1964年頃に日本で最初に考案。厚さ3.5cmほどの食パンにトマトソースを塗り、具はマッシュルーム、玉ねぎ、サラミ、ピーマン。後はチーズを載せてオーブンで焼くだけ。


※珈琲館 紅鹿舎 入口


※元祖ピザトースト

珈琲館 紅鹿舎 - 食べログ ※2012年6月現在公式サイトなし。

■吉岡脩さん(65歳)
東京、新橋にある内外ゴム株式会社に勤務。内外ゴム株式会社は1952年、世界で初めてビーチサンダルを考案。現在は世界中で使用されている。ビーチサンダルは歩きやすいように、前のほうが2mmほど後ろより薄くなっている。


※内外ゴム株式会社 ビーチサンダル解説ページ

内外ゴム株式会社公式サイト ビーチサンダルの解説はこちら

■山上哲司さん(54歳)
愛知県一宮市にある株式会社バルダンの代表取締役社長。株式会社バルダンは刺繍機械を製造している。メジャーリーグのキャップに刺繍をする機械を製造しており、メジャーリーグのシェア100%。15色までの色替えが可能な刺繍機。他メーカーに追いつかれないように、「立体刺繍」などの新技術を開発している。

その他ワンポイントロゴのメーカーにも大きなシェアがあり「馬に乗って棒を持っているロゴ」「ワニ」「ペンギン」、スポーツメーカーの「シュッとした雲」「三本の並行線」なども顧客だそうである。

■新ニッポン式サービスの基準

東京・台東区三ノ輪に建つ、スタイリッシュな旅館「行燈(あんどん)旅館」。1泊8,190円(1室2名)、全24室、朝食300円から。ここは、2003年創業の東京初のデザイナーズ旅館で、客のほとんどが外国人というのが特徴。

こじんまりしている上に、お世辞にも広いとはいえない四畳半の部屋、なのだが年間3000人以上の外国人が訪れ「最高の旅館」「東京で一番」など、外国人たちの評判は高い。

旅行サイト「トリップアドバイザー」でも上位入賞している。

いったいなぜこんなに愛されるのか?

女将の石井敏子さん(55歳)のサービスに秘密があった。

インターネット環境の整備、英語の案内板設置、日本風の貸切風呂の設置などのサービスなどの他、女将の「サービスと親切は違う」という絶妙な距離感がプライバシーを大切にする外国人の満足度を引き出していた。

※行燈旅館の貸切風呂。

行燈旅館公式ホームページ 英語と日本語。各種イベントの案内あり。

【関連リンク】
たけしのニッポンのミカタ! テレビ東京公式サイト。過去の概略まとめあり。

スポンサードリンク

posted by 桜 真太郎 at 11:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | まめ知識
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/95081117

この記事へのトラックバック