2012年09月21日

古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議7 ヨルダン・王のオアシス "ペトラ遺跡"


※ペトラ遺跡のシンボル、エル・カズネ "Al Khazneh"(宝物殿)。

映画「インディジョーンズ」で知られるヨルダンのペトラ遺跡。アラビア半島の砂漠の岩山に築かれ、約2000年前に忘れ去られた謎に満ちた都市。壮麗な神殿エル・ハズネの奥には驚くべき都市機能を備えた住居跡や宮殿等が存在する。

財宝が隠されているともいわれる謎の「ペトラ遺跡」。そこからは砂漠の王国ナバテアの繁栄と滅亡の物語が見えてくる。

2012年9月21日(金)夜9:00〜11:18にテレビ東京系で放映された「古代文明ミステリー たけしの 新・世界七不思議」を見ました。過去の敗者復活等もありましたが、今回2つの新しい古代遺跡が紹介されましたので、まとめてみました。

番組公式サイトはこちら

最初に紹介されたのがヨルダンにある、世界遺産ペトラ遺跡。ペトラとは、ギリシャ語で崖を意味します。死海とアカバ湾の間にある渓谷に遺跡群が点在しています。死海からは約80km南の位置です。1985年12月6日には、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。


大きな地図で見る
※ペトラ遺跡を中心とした地図。緑の矢印がペトラ遺跡。

古代から交通の要衝であり、紀元前1世紀頃からナバテア人が住みはじめ、ローマ帝国に組み込まれる紀元106年頃まで栄えた。見ての通り岩山だらけの土地であり、農業には不向きであるが、ナバテア人はアラビア付近の中国、インド、アラビア南部とエジプト、シリア、ギリシャ、ローマを結ぶ、絹や香辛料などの交易で栄えました。生活に必要な水は、付近の泉から用水路で各施設まで引いていました。

紀元前63年頃ナバテアはローマ帝国の支配下に入りますが、ペトラは自治を認められました。しかし、ローマ軍によりペトラを迂回する道路が整備されると、通行が減少し次第に衰えていきました。

その後、付近の住民以外には忘れ去られ、歴史から消えていったペトラは、1812年スイス人の探検家、ルートヴィヒ・ブルクハルトが再発見し、十字軍以降、最初にヨーロッパへ紹介しました。

見ての通り、岩山に見事な石造建築が造られています。ペトラ遺跡は現在ヨルダンで最も人気のある観光地となっています。


ペトラの中心部へは、シクと呼ばれる細い通路を通って行きます。基本は徒歩ですがラクダに乗って行くこともできます。


ペトラ遺跡の一般的な外観。荒涼とした岩石地帯に作られた都市です。


ペトラ遺跡の用水路とダム。ナバテア人は高度な用水技術を持っていました。


人気スポットのひとつ、エドディル修道院。ペトラの上層部に位置する見事な建物です。


夜間、ろうそくに照らされた幻想的なペトラ遺跡のシンボル、エル・カズネ "Al Khazneh"(宝物殿)。


オベリスクの墓の夜景。素晴らしい。

薔薇色の古代都市ペトラ(ヨルダン)(HD)

日本語解説付きで10分にまとめたHD動画。動画はこれが一番良いと思います。

素晴らしい世界遺産ですが、残念ながら新・世界七不思議の候補には選ばれませんでした。選ばれたのはもう一つの候補となったインドの階段井戸です。次にこれをまとめます。

【関連記事】
古代文明ミステリーたけしの新・世界七不思議まとめ
古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議7 ヨルダン・王のオアシス "ペトラ遺跡"

【関連リンク】
ペトラ - Wikipedia 簡単な解説。まずはここから。
Petra - Wikipedia 英語版。画像は、ほとんどここからの引用です。
ペトラ遺跡 ヨルダン政府観光局の日本語公式解説。観光の基礎知識はここが良いかな。
petra-la-capital-del-reino-nabateo 多数の美しい写真。一部の写真ここから借りました。
Yair Karelic Photography - Jordan - Petra ペトラ遺跡の美しい写真が100枚近くあります。

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posted by 桜 真太郎 at 23:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代文明
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