2013年06月30日

謎の類人猿型UMA モノス



南米で発見された謎の類人猿モノスをまとめてみました。モノ・グランデ、ド・ロワの類人猿、ロイスの猿とも呼ばれている有名なUMAです。日本語wikiも充実していますが、ここは世界標準の英文wikiを翻訳してみました。

-----------以下翻訳

スイスの石油地質学者、フランソワ・デ・ロワ(ロワはフランス語読み、英語読みではルイス)は1917年から1920年にかけて主にマラカイボ湖の近くのコロンビアとベネズエラ付近の石油探査のための遠征を行いました。

その遠征は失敗で、病気と原住民との小競り合いで非常に苦しみました。ロワの遠征隊は20人いましたが生き残ったのはわずか4人だけでした。

ロワの報告書によると、1920年にタルラ川の近くでキャンプを行いましたが、その時2体の大きな生き物が遠征隊に近寄ってきました。

最初、ロワはそれらの生き物は熊だと思いました。しかし、灌木や枝を掴んでいることから、猿の様であったと述べています。

その生き物は何だったのでしょうか?

一体はオス、もう一体はメスのようでした。その生き物は怒ったように見え、うなり声や身振りで遠征隊を威嚇し、排便をして糞を投げつけてきました。

遠征隊は身を守るためにメスの生き物を射殺しましたが、オスの方は逃亡しました。

ロワと仲間たちは異常な何かに遭遇したことを認識しました。その生物はクモザルに似ていましたが、体長が1m57cmもありました。一般的なクモザルは最大でも体長は1mほどです。

その生物は32本の歯を持ち、尻尾を持っていないとロワは報告しています。アメリカ大陸に生息するサルは一般的に36本の歯を持っています。

遠征隊はその生物を木枠に据え付け、あごの下を棒で支えて写真を撮影しました。写真撮影のあと、その生物を解体し、毛皮と頭蓋骨を標本として採取しました。

※モノスの写真フルカット。大きい画像もあります。

しかし、病気と原住民との争いで苦しめられた探検の中で、その標本は両方とも放棄されました。他の報告書によれば多くの写真を撮影したものの、川の増水やボートの転覆により失われてしまったということです。

ロワはヨーロッパに戻った後、1929年までは類人猿の話をしませんでした。その年、彼の友人の人類学者 ジョージ・モンタンドンはロワの報告書を読みこの写真を発見し、それは非常に重要であると考えました。ロワは1929年6月15日のイラストレーテッドロンドンニューズに彼の発見を発表しました。

モンタンドンは「新種のアメリカ類人猿」と題してロワの名前を取り、Ameranthropoides loysi(アメラントロポイデス・ロワシ[ロイシ、ルイス])の学名を与えてこの類人猿を発表しました。

-----------翻訳ここまで

モノスは1954年にも目撃されています。エル・モノ・グランデ渓谷で狩猟をしていたイギリス人ハンター、エメリノ・マルチネスが2頭のモノスに襲われたましが、付近にあった岩を振り回して難を逃れています。この日は渓谷に入った時から不気味なうなり声が渓谷に響いていたそうです。
(※この事件の英文ソースが見つかりません。モノ・グランデはスペイン語の "Mono Grande"、英語では "Large Monkey"です。日本語サイトにはこの情報が多数ありますが、英文の記事は見つかりませんでした。)

産油国として知られるベネズエラの中でも、マラカイボ盆地は石油資源が豊富にあるとされています。タルラ川 "Tarra River" はマラカイボ湖に流れ込むカタトゥンボ川 "Catatumbo River"の支流です。

余談ですが、このマラカイボ湖では音のない雷、マラカイボの灯台 "Catatumbo lightning" と呼ばれる自然現象が有名です。

※マラカイボの灯台 "カタトゥンボ川の雷" と呼ばれる雷。

この怪物は発表直後から、新種の類人猿発見か、と世界中で話題になりましたが新種として認定されていません。

正体としては以下の仮説が挙げられています。

1.クモザル(ケナガクモザル)説

2.突然変異の猿説

3.新種の類人猿説

クモザル説が有力ですが、反証も提出されており、現在でも論争が続いています。

謎の類人猿UMA、モノス。

正体が明らかになる日は来るのでしょうか。

【関連リンク】
モノス - Wikipedia 日本語wiki。充実した内容です。
Ameranthropoides loysi - Wikipedia 英語版wiki。日本語とリンクしていません。
Mono Grande - Wikipedia 英語版モノ・グランデのwiki。

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posted by 桜 真太郎 at 12:21 | Comment(0) | UMA

2013年01月05日

現存する翼竜 北米のサンダーバード "Thunderbird"


※南北戦争時代、兵士が捕獲した翼竜型サンダーバードと一緒に映っている写真。

北米の伝説の鳥、サンダーバード。

翼長5m〜15mにもなり、つい最近も子供がさらわれそうになる事件が起きています。この鳥もずっと気になっていたUMAなので、ごく簡単に調べてみました。

この鳥は2つの姿があるようです。コンドル、大鷲の様な鳥の姿と、爬虫類の特徴を備えた翼竜の姿です。

英文Wikiには "Thunderbird (cryptozoology)" がありましたので、導入部分だけ翻訳してみました。

以下翻訳--------------------------

サンダーバード "Thunderbird"は未確認動物学の世界で、鳥の様なクリーチャー(創造物=生物)に広く使用される用語である。それは一般的にアメリカ先住民(アメリカ・インディアン)の伝統であるサンダーバードと同一のものと考えられている。

アメリカ大陸以外の旧世界で報告された同様の怪物はしばしばロック鳥と呼ばれている。

何人かの研究者は、サンダーバードは絶滅した翼竜類のプテラノドンのような爬虫類の特徴を持っていると見なしている。

サンダーバードの目撃報告は前の世紀に遡る。そして初期の人類と同時代の化石の記録が示す、翼長3.5〜5.5mの巨大な鳥(teratorns)のようである。

現代では、この生物(クリーチャー)は一般的には神話であると見なされている。

本記事では現代の目撃情報(過去200年間)のこのような生物について取り扱う。現実の報告と、この生物を信じる者たちがしばしばアメリカ先住民の伝説を根拠として述べること、対立する両論を、神話を考慮して記述していく。

翻訳ここまで--------------------------


※ブリティシュ・コロンビアにあるアメリカ先住民伝統のサンダーバードのトーテム・ポール

最近の報告で、最も物議を呼んでいるのは1977年の事件です。

イリノイ州ローンデールの町で、1977年7月25日に遭遇事件が起きました。午後9時、3人の男の子のグループが、住宅の裏庭で遊んでいました。その時、二羽の大きな鳥が接近し、男の子を追いかけました。二人は無事に逃げましたが、第三の少年、10歳のマーロン・ロウが逃げ遅れました。鳥の一羽が足のかぎづめでロウの肩をつかみ、約60cmほど地上から持ち上げて少しの距離を運びました。その後、重すぎて運べないため鳥はロウを放したそうです。

これは、ヒストリーチャンネルの「未確認モンスターを追え」にも取り上げられているエピソードです。

21世紀に入ってもアラスカやアリゾナ州で巨大な鳥の目撃が報告されています。

以下は、撮影されたサンダーバードの写真です。写真についての情報がなく、詳細は不明です。

猟師が翼竜型サンダーバードを捉えた写真。


こちらも翼竜型サンダーバードの有名な写真です。南北戦争時代の兵士と写っています。


翼竜型サンダーバード1羽を捕えた写真。


これも有名な画像。こちらは鳥型です。


カリフォルニア州「エリザベス湖の怪物」。翼竜型モンスターを撃ち落しています。


2008年にアメリカ、モンタナ州フラットヘッド湖で目撃された翼竜。ここはモンタナネッシーというUMAが目撃される湖でもあります。ソースはYoutubeの投稿

北米の巨大鳥型UMA、あるいは巨大翼竜型UMAサンダーバードは実在するのでしょうか。

【関連リンク】
Thunderbird (cryptozoology) - Wikipedia サンダーバードのwiki。英語。

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posted by 桜 真太郎 at 21:01 | Comment(0) | UMA