2012年12月03日

「オレゴンの渦」の謎, "The Oregon Vortex"


※オレゴンの渦の中心に建つ "The House of Mystery" (ミステリーの家)


※裏庭、バックヤードと呼ばれる場所。立つ位置により身長が変わります。


※上の写真では同じ身長だったものが、位置の変更により高さが変わっています。

アメリカ、オレゴン州にある、この不思議な場所の写真を見たことのある人も多いと思います。

オレゴンの渦、オレゴン・ヴォーテックス "The Oregon Vortex"と呼ばれる場所です。

こちらも有名ミステリー・スポットで、昭和時代のミステリー本にも必ず載っている有名な場所です。インディアン(ネイティブ・アメリカン)も近づかない呪われた場所で、不思議な力の渦が存在し、木々もねじ曲がって生えているという場所です。

この場所で何より不思議なのが、画像にもあるように、立つ位置により背の高さが変わる不思議な現象です。まずはこの不思議な場所についての概説です。 オレゴン・ヴォーテックス "The Oregon Vortex" 公式サイトの「Area History(場所の歴史)」「Scientific Info(科学情報)」を翻訳してみました。

---------------------以下翻訳

この不思議な家は1904年にオールド・グレー・イーグル炭鉱会社 "Old Grey Eagle Mining Company"によって鉱石分析所として建築され、その後工具保管所として使用されていました。

それ以前の、この周辺地域、オレゴンの渦 "The Oregon Vortex"の歴史はネイティブ・アメリカンの時代にまで遡ります。ネイティブアメリカンの馬たちは、オレゴンの渦の影響を受けた場所には近寄ろうとしませんでした、そう、彼ら自身と同じように。ネイティブ・アメリカンはその場所を「禁断の地(呪われた場所、回避すべき場所)」と呼びました。

多くの年月が過ぎ、その不思議な家が建築された時も、その場所に異常な状態が存在したことは注意されていました。しかし、20世紀の科学的分析の指向により、その言い伝えは建築の妨げにはなりませんでした。

ジョン・リスター "John Litster "は地質学者、鉱山技師、および物理学者でした。1886年4月30日、スコットランドで生まれ、イギリス外交官の息子でした。 ジョンは1920年代初めに、この地域を開発し1930年にそれを一般公開しました。彼は1959年に亡くなるまで、そのエネルギーの渦の中で何千もの実験を行いました。

オレゴンの渦 "The Oregon Vortex"は、半分は地中、半分は地上の上に出た球状の力場です。ヴォーテックス "vortex"(渦)という単語は、単純に多くの水が回転するような力を意味しています。特筆すべきことは、水や大量の空気が回転するような吸引力、あるいは竜巻のような円柱状の力です。

渦、とりわけ力の渦は宇宙の基本的な姿です。私たちの住む銀河から原子に至るまで、渦はこの世界に繰り返し現れます。 オレゴンの渦 "The Oregon Vortex"の地域内における現象ににおいても、その力が確かに存在します。

------------------------翻訳ここまで。

不思議な場所です。他にもこのような不思議な現象が起こります。

 
※ノースエンド、北端と呼ばれる場所。ここも立つ位置により身長が変わります。


※"The House of Mystery"内部。ほうきが自立します。


※上り坂をゴルフボールが上ってきます。このようなボールを転がす場所は他に2か所あります。

さて、謎解きです。 ここはオレゴンでも人気の有料の観光地です。

・営業期間 3月1日から、10月31日まで無休
・営業時間
 3月、4月、5月、9月、10月 - 午前9:00〜午後4:00
 6月、7月、8月 - 午前9:00〜午後5:00
・入場料 (1ドル=82円で計算)
 5歳以下:無料
 6歳〜11歳:7.00ドル(574円)
 12歳〜61歳: 9.75ドル(800円)
 62歳以上: 8.75ドル(718円)

※2012年12月3日現在、公式サイト、Visiting Informationより。

現在の所有者はマリア・D・クーパー "Maria D. Cooper"。クーパー家は1960年に、ここを開発したジョン・リスター "John Litster "の妻から、この場所を買い取り40年以上に渡り経営を続けています。

年間8ケ月の営業で、4ケ月の休暇を取れるのですからどれほど収益が上がるのか、想像できるでしょう。

ここは伝説に彩られた錯視を楽しむ、人気の観光スポットということです。オレゴン観光の際はぜひ行ってみたいものです。


※ノースエンドで身長が変わる動画。


※水平線を入れた画像。左側が高いことがわかります。


錯視の「ポンゾ効果」。四角は同じ高さですが、左が大きく見えます。
画像引用元:Angle Illusions 錯視画像たくさんあります。

立つ位置により身長が変わる場所は、このポンゾ効果と、身長が高くなるほうが物理的に高くなっていることによります。上に示した動画、画像のどれも背が高い方に立った人が、前のめり(前傾姿勢)になっているのが見て取れます。これは場所が物理的に傾いている証拠です。坂の上下に立てば、上に立った方が背が高くなるのは当然です。

上に掲載したノースエンドで身長が変わる動画のプレビューでは、ご丁寧に基準の棒まで傾いています。これは、この場所が坂になっていることをはっきりと示しています。

ボールが坂を上るのも同じです。上っているように見えるけれど、実際は下っているということです。


※"The House of Mystery" でゴルフボールが坂を上る動画。

磁石の方位が狂う点については、syfyチャンネルの番組の分析では地面または床下に強力磁石が置いてあるのではないか、という推論を提示していました。地面を掘る許可は得られないので、あくまで推論だ、という但し書きがついていましたが、恐らくそれが真実でしょう。

周囲の樹木は何事も無いように、まっすぐに成長しています。

繰り返しになりますが、オレゴンの渦、オレゴン・ヴォーテックス "The Oregon Vortex" は錯視、錯覚を楽しむアトラクションというのが、妥当な結論だと思います。

【関連リンク】
The Oregon Vortex and location of the House of Mystery 公式サイト。お土産も購入できます。
Into the Vortex Syfyチャンネルの検証番組サイト。後で翻訳を掲載します。
Fact or Faked Paranormal Files S03E10 Into The Vortex Tavern Shapeshifter  上記番組全編。英語ですが映像だけでも十分。

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posted by 桜 真太郎 at 21:45 | Comment(1) | 伝説・ミステリー

2012年10月29日

ヴォイニッチ写本(ヴォイニッチ手稿)の謎

 
※左:青土社 2006年 「ヴォイニッチ写本の謎」 右:ボイニッチ写本Fig.32

中世ヨーロッパで作られた謎の写本、ヴォイニッチ写本。ヴォイニッチ手稿、ヴォイニッチ文書とも呼ばれる、全てが暗号で書かれ、謎の図版が記載されたテキストです。

「ヴォイニッチ写本」の名前の由来は、この写本の発見者であるポーランド系アメリカ人の古書商、ウィルフリッド・ヴォイニッチによります。ヴォイニッチさんが発見したから「ヴォイニッチ写本」というわけです。

錬金術の秘密を記した書、あるいは秘密の科学、生物学、薬品製造の方法を記した書とも言われ、人々の興味を惹きつけてきました。
 
※左:ひまわりのような植物の画像 右:池に女性がいるような画像。このシリーズは8枚位あります。

2004年に出版された日本語で380ページの解説書「ヴォイニッチ写本の謎」を読みました。ヴォイニッチ写本発見から、発見者ヴォイニッチの生い立ち、テキストの解説、暗号解読の歴史、など詳細な解説が書かれていました。

現時点での、日本語でのヴォイニッチ写本研究の入門書にして決定版と言える書籍です。

結論としては、日本語wikiとは異なり、やはり偽書説に重きを置いていました。

以下、この本のポイントとなる部分を要約し加筆しました。暗号解読の部分については、一部を除き、全く解読できていないので省略しています。

暗号解読は 「自分だけは、この秘密のテキストを解読できるのでは?」 と考えた多くの(中二病)科学者が、様々な方法で挑戦しましたが、誰一人成功していません。

逆に暗号の解読ではなく、この文字列は、ある方法で作られた意味のないものではないか、という説が日経サイエンス2004年10月号に掲載されています。

ポーランド系アメリカ人の古書商、ウィルフリッド・ヴォイニッチが1912年に、イタリア・ローマ近郊のモンドラゴーネ寺院で同書を発見したと主張する謎のテキスト、ヴォイニッチ写本。

現在はイェール大学付属バイネキー稀書手稿ライブラリが所蔵しています。全ページがカラーの原寸大でWEBに上がっています。興味のある方はぜひご覧ください。

VOYNICH MANUSCRIPT(ヴォイニッチ写本)
http://beinecke.library.yale.edu/digitallibrary/voynich.html
※画像下 「See all images」 → 画像上 「Show all images in this set」で全ページのカラー画像が閲覧できます。

この写本は、ロジャー・ベーコンが著者であるとして、1582年、ボヘミア王ルドルフ2世によって購入された歴史があるとされていますが、実はこの根拠もヴォイニッチが写本と一緒に発見したとする、いくつかの書簡があるだけです。

書簡のひとつは1665年8月19日付で、プラハ在住のクロンランドのヨアンネス・マルクス・マルチがアタナシウスに寄贈した際のものとされています。この中に、この手稿がロジャーベーコンの作であるということ、ボヘミア王ルドルフ2世が所蔵したことが記載されています。

偽書説の有力な候補として詐欺師、ペテン師を探すとすれば16世紀の水晶透視家、錬金術師のジョン・ケリーが挙げられます。相棒の英国人、魔術師・錬金術師として知られるジョン・ディーと共にヨーロッパ中を旅して、彼らの錬金術と霊的能力を信じてくれる馬鹿で金持ちの貴族を探し求めていました。

ルドルフがオカルト全般に興味を持っていたことを知った彼らは、全編暗号で書かれたベーコンが書いたという写本を携えてプラハにやってきました。もちろん、それは彼らの捏造で、ほんの少しだけ解読可能な部分を付け加えて、皇帝とその専門家に本物だと信じ込ませたのです。

詐欺は見事に成功し、皇帝は彼らから600ダカットの値でボイニッチ写本を購入しました。(皇帝の歓心を買うために寄贈したという説もあります。)

次に候補として挙げれれるのはウィルフリッド・ヴォイニッチその人です。稀覯本のバイヤーを生業としていたヴォイニッチは、経済的に不遇な時代が長く続きました。

詐欺事件を捜査するとすれば「動機・能力・機会」の有無が一番です。

法律すれすれの古書の売買をしていたヴォイニッチ。目利きの腕もあり、文字の様式と歴史に関する知識もあった。またボイニッチ自身は18ヶ国語を話したそうです。

ボイニッチ文書のことが記載された1600年代の書簡を入手した彼が、時間をかけて写本を偽造したとする説です。現にヴォイニッチはこの写本を16万ドルで販売しようとしていました。

いずれの説も当代の知識人が、時間と手間をかけて捏造したものなので、解読は困難であるということです。

※記事作成中。真書説、画像追加していきます。

【関連リンク】
ヴォイニッチ手稿 - Wikipedia ごく簡単な解説。どちらかというと偽書ではないという立場かな。
Voynich manuscript - Wikipedia 英文wiki。内容は「ヴォイニッチ写本の謎」に近く、良くまとまっています。

【関連書籍】
 
※現在購入できる書籍は上記の2点です。研究内容は右の「ヴォイニッチ手稿 第三次研究グループ」が2001年まで、左の「ヴォイニッチ写本の謎」が2004年までの内容が含まれています。

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posted by 桜 真太郎 at 17:57 | Comment(0) | 伝説・ミステリー