2012年03月20日

たけしの超新説研究所 最新科学が歴史を暴く (その1)

たけしの超新説研究所 〜最新科学が歴史を暴く〜

日本テレビ 2012年3月20日 21:00〜23:18

MC:ビートたけし
進行:鈴江奈々アナ
ゲスト:関根麻里、荒俣宏
スペシャルリポーター:KAT-TUN(亀梨和也、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一)

たけしが世界の謎に15の新説を唱える。

おなじみ荒俣宏をゲストに迎えた、たけしのミステリー番組。備忘録をかねてまとめました。

例によってまだまだ下書きですがとりあえずあげておきます。

@エジプトからの新説 ミイラの中に意外なモノが…。
猫の像をレントゲン撮影したら中に猫のミイラが入っていた。エジプトではガゼル、ハヤブサ、ワニ、魚、ヒヒなどもミイラにしていた。

Aドイツからの新説 ミイラの体内に入る!?
CTスキャンで人間のミイラの体内を分析。ミイラの包帯ばかりか、内部も詳細に観察することができる。

Bアラビア半島からの新説 幻の古代都市を見つけた!?
シリアにある幻の古代都市、テル・アルラウダ "tell AL RAWDA"
始めは考古学調査によりわずかな街の痕跡が発見されただけだった。
しかし、磁気探査により街の姿が明らかになった。磁気探査の結果と航空写真を組み合わせたら円形の都市が発見され発掘調査を行った。
4000年前に繁栄し東京ドーム3つ分の大きさ。城壁と5つの城門で守られた緻密な都市計画に基づいて作られた完璧な都市だった。

Cアメリカニューヨークからの新説
超再現 400年前のニューヨーク
大都市ニューヨークの400年前は水と緑あふれる島であった。ニューヨーク市の紋章にビーバーが刻まれているように、ビーバーの住む島だった。

D巨大石造モアイは歩いて移動した?

世界7不思議のひとつにも挙げられるイースター島の謎うの石造モアイ。80tを超えるモアイは歩くのか?

モアイは山の玄武岩を切り出し作られた。それを祭壇まで運んだ。定説は椰子の木をコロにして運ぶというもの。2000年にジョアン・バン・ティルバーグによる実験で成功もしている。

ハワイ州立大学教授 テリー・ハント "Terry Hunt of the University of Hawaii"、カリフォルニア州立大学教授 カール・リポ "Carl Lipo of California State University"の新説。

移動途中で放棄された倒れたモアイに注目した。道端に倒れている多数のモアイと祭壇に設置されたモアイは形状が異なる。

移動中のモアイは目が深く切り込まれ、下半身はどっしり、前傾姿勢に作られている。

祭壇のモアイは仕上げの段階で目は丸く、くり抜かれ、下半身もスッキリ整えられている。底の部分も大きく切り取られて平らになっている。

なぜ、移動中のモアイは大きく形が違うのか?

モアイの倒れ方にも証拠があった。上り坂のモアイは仰向けに倒れ、下り坂のモアイはうつぶせに倒れている。

コロで運んだのであれば全部仰向けに倒れているはず。

ここで衛星写真、航空写真により新発見があった。

イースター島は岩だらけで、モアイを立ったまま運ぶことなどできないと思われていた。しかし、石切り場から祭壇まで肉眼では見えない全長30kmにも及ぶ古い道があったのである。そして倒れたモアイは道沿いに集中していたのである。

※下記データベースからダウンロードした「モアイの道」の地図。

イースター島には「ネケネケ」という動きが伝えられている。意味は「足は無いまま歩く」。

ネケネケの動きは、コンピュータがモアイの重心から計算したにじり歩きと瓜二つであった。

高さ3m、重さ5tモアイの模型を作製し、人力で50mを移動させる実験を行った。

左右と後ろにロープを張り、ゆすりながら引くと、言い伝えの通りモアイはにじり歩きを始め50mの移動に成功した。

目に切り込みがあるのはロープをかけるため、どっしりした下半身と前傾姿勢は、モアイを立ったまま移動させるためであった。

【関連リンク】
Rapa Nui Archaeological Database 両教授のイースター島地図のデータベース。
テリーハント教授が論争の的になっているイースター島についての書籍を発行 ハワイ大学公式プレスリリース。
Rethinking Rapa Nui ハワイ大学のイースター島研究についての概要。
イースター島の謎がついに解決した? テリーハント博士とカール・リポ博士の研究成果についてのニュース。

代表的なもののみ記載。両博士の名前で検索すると、ニュース、関連記事等たくさんHITします。
-----------------------------------------------
以下下書き中

ギリシャ
 エーゲ海から発見された金属塊は2000年前のコンピュータ。
 わずか1.5cmの中に数十個の歯車を発見。

中国
秦の始皇帝の墓。始皇帝陵にまつわる新説。
始皇帝陵は不老不死のための巨大装置だった!?

キリストを刺した槍を分解。すると偽物の疑いが?

スポンサードリンク

posted by 桜 真太郎 at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 伝説・ミステリー

2011年12月10日

デスバレーの動く岩 "Sailing stones in Death Valley"


ミステリーファンならお馴染み、米国カリファルニア州、デスバレーの動く岩。 プラヤ地形の競馬場 "Racetrack Playa"と呼ばれる場所で、数十個の石が思い思いの方向に動いた軌跡を残しています。石の重さは数十キログラムから重いものは数百キログラムを超えるものまであります。

1940年代からこの動く石の謎は研究されてきましたが、未だに動く場面が目撃されたり、撮影されたことはありません。

場所は、下の地図真ん中の白く見える平原(乾いた湖)です。

大きな地図で見る

この石が不思議なのは、同一方向への移動だけでなく、時に曲がり、時に戻るような動きをすることです。

この岩は鋭角に曲がっています。


複数の岩が動いた様子。


ぐにゃりと曲がって動いています。


軌跡が交差しています。

英語では"Sailing stones" (セーリングする石), "sliding rocks"(滑る岩) , "moving rocks"(動く岩)と呼ばれています。例によってWikiは英語はありますが、日本語はありません。

石のほとんどは、プラヤ南端の高さ260mの山腹から落ちてきたドロマイトと呼ばれる岩です。しかし、いくつかの岩(黄褐色の長石に富んだ閃長岩のほとんど)は、隣接斜面から落ちてきた火成岩です。移動の痕跡は深さ1インチ(2.54cm)未満、幅は3〜12インチ(8〜30cm)、軌跡は多くの場合数mから数十m程度です。

これらのことから、石が移動するためには次のような特定の条件とバランスが必要であると考えられています。

・水に浸っているが、まだあふれていない地表
・粘土の薄い層
・石が動き始めるための非常に強い突風
・石が動き続けるための強く吹き続ける風

地質学者ジム・マクアリスターおよびアレン・アグニューは、1948年にエリアの岩盤をマッピングし、トラックのノートを作りました。

国立公園サービスの博物学者は、その後より多くの詳細な記録と説明を記述しました。また、ライフ誌は、レーストラックの写真を特集しました。

石がどのように移動するかの推測はこの頃から始められました。様々な、時に風変わりな説明は超自然的なものから、非常に複雑な説まで長年にわたって提唱されています。

地質学者による仮説のほとんどは、泥が湿っていること及び強風が、少なくとも一部分は移動の原因になっているとしています。

いくつかの石は人間と同じくらいの重さです。地質学者ジョージM.スタンリー(1955年にこの現象についての論文を公表した)のような何人かの研究者は、風で移動するにしては岩は重過ぎると考えています。

彼らは石の周囲に氷のシートができ、それが風を捉えたり、あるいは氷原の中で移動することに影響を与えるとしています。

ボブ・シャープとドワイト・キャリーは1972年5月にレーストラックの石の移動監視プログラムを開始しました。

(中略) 詳細はWikiでご確認ください。

その後も、様々な科学者が観察、実験を行い新事実を発見し、仮説を提唱していますが、いずれも原因を究明できていません。

雪解け水がこの乾いた湖に流れ込むこと、強風、氷、霜などが移動の原因になっているらしいことまではわかってきましたが、結論には至りません。

現代になお残る、不思議な謎です。

※英文wikiに多くの科学者の数十年に渡る観察・実験・仮説の概要が記載されています。しかし結論が出ていないので、全文翻訳は時間のある時に追記します。興味のある方は各自英文wikiをご確認ください。

【関連リンク】
Sailing stones - Wikipedia 英文。アメリカのことなので英語が詳しい。
米航空宇宙局(NASA)が滑る岩の謎を研究(英語) 興味深い検証をしていますが結論は出ず。
デス・バレー国立公園 裸の大地 時の記憶 ナショジオによるレーストラック地形の紹介。日本語。
Google画像検索 "Sailing stone" 画像たくさん出てきます。

スポンサードリンク

posted by 桜 真太郎 at 22:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 伝説・ミステリー