2012年09月22日

古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議7 インド・女王の階段井戸 "アダラジ・ヴァヴ "


※最も美しい階段井戸と言われるアダラジ・ヴァヴ "Adalaj vav"、英語では"Adalaj Stepwell"。

インドには階段井戸と呼ばれる数百もの水利施設が存在する。4000年以上にわたって作り続けられた階段井戸に秘められた真実とは?

さらに二つの文明が融合し、最も美しいと謳われる階段井戸、アダラジ・ヴァヴで語り継がれる悲劇の女王の物語に迫る。

2012年9月21日(金)夜9:00〜11:18にテレビ東京系で放映された「古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議」を見ました。5つの候補の中から、最終的に選ばれたのが、このインドの階段井戸アダラジ・ヴァヴ "Adalaj Stepwell" でした。

番組を見た後に、特にまとめる気もなく、階段井戸をもう少し調べようと思い検索したら、例によって日本語の解説がほとんどありませんでした。なので、ついでにペトラ遺跡も含めてまとめてみました。

番組公式サイトはこちら

アダラジの階段井戸(アダラージの階段井戸)は、アダラジの村にある特徴的なヒンズーの「水建築」です。アダラジの村はインドのグジャラート州、ガンディナガル地区のアーメダバード町の近くに位置しています。

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※地図の中心がアダラジの階段井戸。

この階段井戸は1499年に、イスラム教の王、マホメット・ベグダにより、ヴカラ王朝の族長、ヴィア・シンの妻ルダバイ王妃のために建設されました。

その階段井戸(グジャラート語ではヴァヴ "Vav")は複雑な彫刻が施され、5層の深さを持ちます。

インドの階段井戸についての概説

このような階段井戸は、グジャラードのような半乾燥地帯には不可欠でした。それらは、飲料水、洗濯、入浴など、基本的な生活に必要な水を提供していました。

さらに、これらの階段井戸は多くの祭礼や儀式を行う場にもなっていました。

階段井戸 "Stepwells"、また、階段池 "stepped ponds"は5世紀から19世紀にインド西部において一般的に建設されました。

グジャラート州の半乾燥地帯において、120以上の階段井戸が単独で存在することが報告されています。その中でも、アダラジ・ヴァヴ(アダラジの階段井戸) "Adalaj vav"は最も人気のある階段井戸です。

階段井戸はインド亜大陸の更なる乾燥地帯においても、また、雨季の雨水を集めるために発見されています。それはパキスタンにまで及んでいます。

多くの階段井戸は実用的に建設されていますが、一部はアダラジの階段井戸のように多数の装飾が施されている場合があります。美しい階段井戸は多くの観光客を魅了しています。

過去においては、旅行者とキャラバン(隊商)は通商路の休憩地点として、これらの階段井戸に通いました。

アダラジの階段井戸の伝説

アダラジの階段井戸には興味深い伝説があります。15世紀にヒンズー教を信仰するヴカラ王朝、ヴィア・シンが地域を治めていました。しかし、彼の王国はイスラム教の王、マホメット・ベグダにより侵略され占領され、王であるヴィア・シンは殺されました。

未亡人となったルダバイ王妃、美しいことで知られる女性は、占領者マホメット・ベグダに結婚を申し込まれました。イスラム教は一夫多妻制なので複数の夫人を持つことができるからです。

※美しいインドの王妃。(画像はイメージです。)

夫の死に深く悲しみながらも、ルダバイ王妃は結婚の承諾をしました。ただし、建設中の階段井戸を完成させるという条件で。

王妃の美しさに大変夢中になっていた、イスラム教徒の王はその提案に同意した後、大急ぎで井戸の建設を進めました。このため、この階段井戸は途中までヒンズー様式で建築され、その後イスラム様式の意匠が追加されるという、他に類を見ない貴重な建築物となりました。

階段井戸が完成すると、マホメット・ベグダは大きな期待に胸を膨らませて、再度ルダバイ王妃に結婚を迫ります。

しかし、階段井戸が完成することによって、目的を達成した彼女は夫への献身の証として、自身の人生を終わらせることにしました。ルダバイ王妃は完成したばかりの階段井戸から身を投げて、自らの命を絶ったのです。

この井戸にはまた、別の伝説があります。それは階段井戸の地上にある6基の石工の墓についてのものです。

※アダラジの階段井戸の上にある石工の墓。

階段井戸が完成した時、その美しさに深く感心したイスラム教の王、マホメット・ベグダは石工にこう尋ねます。

「お前たちは、これと同じものをもう一つ作ることができるか。」

それを聞いて石工たちは口々に答えます。

「王様のご命令とあれば、もっと素晴らしい井戸を作ることができます。」

しかし、その回答は誤りでした。

この階段井戸を唯一無二のものとするために、イスラムの王は石工全員を殺害してしまったのです。石工たちはこの階段井戸のそばに丁重に葬られたということです。

解説は以上です。文章は英文Wikiの翻訳に一部加筆、訂正したものです。TV番組の解説とは少し異なるかも知れません。詳細は関連リンクからご確認ください。

アダラジ・ヴァヴ(アダラジの階段井戸)の写真

※アダラジ・ヴァヴ、階段井戸から上部を望む。


※アダラジの階段井戸を下る階段。


※井戸の水面。金網が張ってあります。


※地上から見た、アダラジの階段井戸。


※アダラジの階段井戸、下層部の柱。陰影と彫刻が美しい。


※アダラジの階段井戸、中層部の美しい彫刻。

次に代表的な階段井戸を紹介していきます。少し数が多くなりますがWikipediaのStepwellに掲載されているものを紹介します。

階段井戸、チャンド・バオリ "Chand Baori"

もうひとつの有名な階段井戸、チャンド・バオリ(Chand Baori)。

インドラージャスターン州ジャイプル近郊のアブハネリ村 "Abhaneri"にある巨大な階段井戸 "Stepwell"です。

この井戸は Harshat Mata寺院の反対側に位置し、インドで最も深く大きな階段井戸の一つです。9世紀に建造され、階段の総数は3500、階数は13階でその深さは100フィート(約30メートル)に達しています。

映画「ザ・フォール/落下の王国」のロケ地としても有名です。


※精緻で複雑な階段を持つチャンド・バオリの階段井戸。


※チャンド・バオリの階段井戸、正面の画像。


※チャンド・バオリの階段井戸に施された美しい彫刻。

ラニ・キ・ヴァヴ "Rani ki vav" ラニ女王の階段井戸

※ラニ・キ・ヴァヴ "Rani ki vav" ラニ女王の階段井戸の外観。

インド、グジャラート州パタンの町にある階段井戸。

王妃、ラニ・ウジャマティ "Rani Udayamati" が、彼女の夫、ソランキ王朝のビンデヴ四世を記念するために、1063年に建設しました。

この階段井戸はインド考古学調査研究所によって1980年代の終わりに発掘されるまで、近くのサワスティー川の氾濫により泥に埋もれていました。そのため、彫刻は創建時の状態を良く保っていました。

ラニ・キ・ヴァヴ(女王ラニの階段井戸)はインドで最も素晴らしい階段井戸のひとつであり、古代の首都の有名な遺産の一つです。

柱に囲まれた回廊は下に行くほど涼しくなり、7層のギャラリーに800以上の精巧な彫刻があります。ヒンズー教の神々、仏教を含む神話、伝説がモチーフになっています。


※ラニ・キ・ヴァヴの外観、別角度から。


※ラニ・キ・ヴァヴに施された美しい彫刻。


※柱の間から階段井戸を望む。


※ラニ・キ・ヴァヴ最下層の井戸の水面。

アグレイセン・キ・バオリ "Agrasen ki Baoli" or "Ugrasen ki Baoli"

※ニューデリーにある、アグリセン・キ・バオリ "Agrasen ki Baoli"

アグレイセン・キ・バオリ(アグリーセン・キ・バオリ、アグリセン・キ・バオリ) "Agrasen ki Baoli" (または "Ugrasen ki Baoli" は1958年にインド考古学調査研究所(ASI)によって保護遺跡に指定された古代の記念碑であり、長さ60m、幅15mの歴史的な階段井戸です

場所は、ニューデリー、コンノート・プレイスの近くのヘイリー・ロードにあり、世界遺産、ジャンタル・マンタル天文台から歩いてすぐです。

アグレイセン・キ・バオリ "Agrasen ki Baoli"は元々、マハーバラータ(インド古代の叙事詩)の時代に伝説の王、アグレイセン "Agrasen"によって建設されたと信じられています。現在残っている井戸は14世紀に再建されたものです。

解説はこちら。Agrasen ki Baoli - Wikipedia

リホン・キ・バオリ "Rajon Ki Baoli"

※イスラム教のモスク、墓地と一体となった珍しい階段井戸、リホン・キ・バオリの入り口。


※リホン・キ・バオリのモスク内部の美しい装飾。


※リホン・キ・バオリの階段井戸。これもニューデリーにあります。

リホン・キ・バオリ(ラージョーン・キ・バオリ、ラジョン・キ・バオリ、レイジョン・キ・バオリ) "Rajon Ki Baoli"(またはリホン・キ・ベイン"Rajon ki Bain"を参照)は、ニューデリーのメローリーのアダム・カーン"Adham Khan"の墓の近くにある有名な階段井戸です。

この壮大な3階建ての階段井戸は1516年、シカンダル・ロディ "Sikandar Lodi"の治世の間にダウラット・カーン "Daulat Khan"によって建築されたと考えられています。

井戸は石工たちによって暫くの間、使用され、リホン・キ・バオリ "Rajon Ki Baoli"と呼ばれました。

この井戸はメローリー考古学公園の目玉であり、全ての観光客のお気に入りのうちのひとつです。

たぶん、井戸の中では目で合図することがマナーです。井戸の全構造は地中にあります。ですから一つの入り口に接近するとともに、訪問者は一番上のフロアだけを見ることができます。また、各階のフロアは訪問者が一歩歩くごとにゆっくりと目の前に現れてきます。

この井戸複合体には、12本の柱を持つ美しい石膏装飾を備えた墓とモスクがあります。

解説はこちら。Rajon Ki Baoli - Wikipedia

一応、これでこの記事は完成です。簡単な解説も全て英語を翻訳しなければならないので大変です…。

特に固有名詞をカナに置き換えるのが大変。日本語の読み仮名が確定していない、固有名詞関係はもう限界です・・・。

【関連記事】
古代文明ミステリーたけしの新・世界七不思議まとめ
古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議7 ヨルダン・王のオアシス "ペトラ遺跡"

【関連リンク】
Stepwell - Wikipedia 階段井戸についての概説。英語。
Adalaj Stepwell - Wikipedia アダラジヴァヴ、アダラジの階段井戸についての説明。英語。
Adalaj - Wikipedia インド、アダラジャ地域についての概説。英語。
ドーラビーラ - Wikipedia 番組で階段井戸の原型となった池がある、としていた古代遺跡。
チャンド・バオリ - Wikipedia もうひとつの有名な階段井戸、チャンド・バオリの解説。

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posted by 桜 真太郎 at 21:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | 古代文明

2012年09月21日

古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議7 ヨルダン・王のオアシス "ペトラ遺跡"


※ペトラ遺跡のシンボル、エル・カズネ "Al Khazneh"(宝物殿)。

映画「インディジョーンズ」で知られるヨルダンのペトラ遺跡。アラビア半島の砂漠の岩山に築かれ、約2000年前に忘れ去られた謎に満ちた都市。壮麗な神殿エル・ハズネの奥には驚くべき都市機能を備えた住居跡や宮殿等が存在する。

財宝が隠されているともいわれる謎の「ペトラ遺跡」。そこからは砂漠の王国ナバテアの繁栄と滅亡の物語が見えてくる。

2012年9月21日(金)夜9:00〜11:18にテレビ東京系で放映された「古代文明ミステリー たけしの 新・世界七不思議」を見ました。過去の敗者復活等もありましたが、今回2つの新しい古代遺跡が紹介されましたので、まとめてみました。

番組公式サイトはこちら

最初に紹介されたのがヨルダンにある、世界遺産ペトラ遺跡。ペトラとは、ギリシャ語で崖を意味します。死海とアカバ湾の間にある渓谷に遺跡群が点在しています。死海からは約80km南の位置です。1985年12月6日には、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。


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※ペトラ遺跡を中心とした地図。緑の矢印がペトラ遺跡。

古代から交通の要衝であり、紀元前1世紀頃からナバテア人が住みはじめ、ローマ帝国に組み込まれる紀元106年頃まで栄えた。見ての通り岩山だらけの土地であり、農業には不向きであるが、ナバテア人はアラビア付近の中国、インド、アラビア南部とエジプト、シリア、ギリシャ、ローマを結ぶ、絹や香辛料などの交易で栄えました。生活に必要な水は、付近の泉から用水路で各施設まで引いていました。

紀元前63年頃ナバテアはローマ帝国の支配下に入りますが、ペトラは自治を認められました。しかし、ローマ軍によりペトラを迂回する道路が整備されると、通行が減少し次第に衰えていきました。

その後、付近の住民以外には忘れ去られ、歴史から消えていったペトラは、1812年スイス人の探検家、ルートヴィヒ・ブルクハルトが再発見し、十字軍以降、最初にヨーロッパへ紹介しました。

見ての通り、岩山に見事な石造建築が造られています。ペトラ遺跡は現在ヨルダンで最も人気のある観光地となっています。


ペトラの中心部へは、シクと呼ばれる細い通路を通って行きます。基本は徒歩ですがラクダに乗って行くこともできます。


ペトラ遺跡の一般的な外観。荒涼とした岩石地帯に作られた都市です。


ペトラ遺跡の用水路とダム。ナバテア人は高度な用水技術を持っていました。


人気スポットのひとつ、エドディル修道院。ペトラの上層部に位置する見事な建物です。


夜間、ろうそくに照らされた幻想的なペトラ遺跡のシンボル、エル・カズネ "Al Khazneh"(宝物殿)。


オベリスクの墓の夜景。素晴らしい。

薔薇色の古代都市ペトラ(ヨルダン)(HD)

日本語解説付きで10分にまとめたHD動画。動画はこれが一番良いと思います。

素晴らしい世界遺産ですが、残念ながら新・世界七不思議の候補には選ばれませんでした。選ばれたのはもう一つの候補となったインドの階段井戸です。次にこれをまとめます。

【関連記事】
古代文明ミステリーたけしの新・世界七不思議まとめ
古代文明ミステリー たけしの新・世界七不思議7 ヨルダン・王のオアシス "ペトラ遺跡"

【関連リンク】
ペトラ - Wikipedia 簡単な解説。まずはここから。
Petra - Wikipedia 英語版。画像は、ほとんどここからの引用です。
ペトラ遺跡 ヨルダン政府観光局の日本語公式解説。観光の基礎知識はここが良いかな。
petra-la-capital-del-reino-nabateo 多数の美しい写真。一部の写真ここから借りました。
Yair Karelic Photography - Jordan - Petra ペトラ遺跡の美しい写真が100枚近くあります。

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posted by 桜 真太郎 at 23:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代文明