2012年01月04日

夢の古代秘宝 史上空前の大発掘SP まとめ (その2)

11位から20位です。

第11位 世界で最も役に立った石
ロゼッタストーンとシャンポリオンのエジプト文字(ヒエログリフ)解読

素材の貴重さ:2点
歴史的価値:25点
芸術性:5点
ミステリー度:22点
合計:54点

ナポレオンのエジプト遠征の際にロゼッタという場所で、キャンプの設営時に石を発見。
現在は大英博物館に展示。
ジャン=フランソワ・シャンポリオン(フランス人)、20か国語をマスターした天才言語学者。

1.ヒエログリフ
2.エジプト簡易文字
3.ギリシャ文字

三種類の文字で同じ内容が書かれていると考え、ギリシャ文字を手掛かりに解読を進め、ヒエログリフの解読に成功。


第12位 ピカソがひれ伏した究極の絵画
アルタミラの壁画

素材の貴重さ:1点
歴史的価値:18点
芸術性:25点
ミステリー度:9点
合計:53点

スペイン北部カンタブリア州。
地元猟師が発見、犬が洞窟に入っていった。
郷土史家サウトゥーラと娘が絵画を発見。
クロマニヨン人が14500年前に書かれた。
近くの赤い岩を砕き、つばや獣脂で溶いて描いた。
ぼかし技法、遠近法、天井の凹凸を生かした見立てなど近代絵画の技法が使われていた。
ピカソはこの絵を見てあまりの芸術性に次のように述べたと伝えられる。
「我々のうち誰もこのようには描けない。」

スペインのデウトス大学、ホセ・フェルナンデス教授は、赤と黒で描かれた14頭の野牛は一人のクロマニヨン人が描いたと考えられる、という説を述べている。
細部、目のタッチ、角の描き方など20か所以上の類似点が発見された。


第13位 世界で最も価値のあるハンコ
国宝金印

素材の貴重さ:14点
歴史的価値:22点
芸術性:1点
ミステリー度:15点
合計:52点

福岡市美術館に保管、100円玉サイズ。
1784年、志賀島の農民秀治、喜平が田んぼの修理中に発見。
純度95%の純金。
魏志倭人伝には漢委奴国王に委ねられたと書かれている。
また、もうひとつの金印が卑弥呼に贈られたことも記述されている。


第14位 至宝!世界一有名な彫刻
ミロのビーナス

素材の貴重さ:2点
歴史的価値:7点
芸術性:25点
ミステリー度:16点
合計:50点

ギリシャ ミロス島。
ギリシャ人農夫ヨルゴス、地下への入り口を発見。
失われた両腕の謎。
有力視されている説、ドイツの考古学者アドルフ・フルトベングラー
右手は腰布を抑え、左手はリンゴを持ち台の上に置き体を支えている。
ビーナス像はフランスルーブル美術館に展示。
左手同時に発見、台座の片方には作者の名前と、四角い穴が開いていた。


第15位 神話は本当!黄金のデスマスク
シュリーマンのミケーネ遺跡発掘

素材の貴重さ:21点
歴史的価値:15点
芸術性:7点
ミステリー度:6点
合計:49点

ドイツの考古学者ハインリッヒ・シュリーマン。
貿易商としてで巨万の富を築き、46歳の時、発掘開始。
ギリシャのペロポネス半島。
4か月で王墓を発見、その中から大量の黄金を発掘。
黄金のデスマスクを5点発見。


第16位 2兆9000億円の軍隊
秦の始皇帝、兵馬俑坑、クロムメッキされた青銅の剣

素材の貴重さ:3点
歴史的価値:22点
芸術性:7点
ミステリー度:16点
合計:48点

西安で発見された兵馬俑坑1974年発見。
最近の研究で彩色されていたことが判明。
大英博物館展示の際保険金1点320万ドル×8000体で2兆9000億円。
クロムメッキされていた錆びない青銅の剣。


第17位 大ピラミッドに眠る巨大な船
エジプトクフ王ピラミッド脇から発見された「太陽の船」

素材の貴重さ:2点
歴史的価値:18点
芸術性:4点
ミステリー度:23点
合計:47点

2011年6月、世界的な大発見。
早稲田大学のチーム、吉村作治教授が発見。


第18位 魔宮に封印された幻の仮面
素材の貴重さ:10点
歴史的価値:18点
芸術性:5点
ミステリー度:13点
合計:46点

マヤ文明、パレンケ遺跡 碑文の神殿、パカル王ヒスイのマスク。
メキシコ考古学者アルベルト・ルス。
世界で初めてピラミッドの地下から王墓(王の遺体)を発見。
3年がかりで発掘。
浮彫のある石の箱。


第19位 500年眠っていた黄金寺院
アンコールワット遺跡

素材の貴重さ:21点
歴史的価値:11点
芸術性:10点
ミステリー度:3点
合計:45点

カンボジア中部、19世紀末、フランス人学者アンリ・ムオが発見。
黄金(金箔)で寺院全体が覆われていたという。
9世紀〜15世紀に栄えたアンコール寺院。


第20位 クレオパトラの海底宮殿

素材の貴重さ:2点
歴史的価値:20点
芸術性:4点
ミステリー度:15点
合計:41点

水中考古学者フランク・ゴディオ 絶対見つけたいと思い文献調査。
1984年クレオパトラが暮らしていた古代アレクサンドリアの町が海に沈んでいるらしい
1992年探索開始、1996年海中に道の跡を発見、宮殿跡を発見。
石像、黄金の遺物など

【関連記事】
夢の古代秘宝 史上空前の大発掘SP まとめ (その3)
夢の古代秘宝 史上空前の大発掘SP まとめ (その1)

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posted by 桜 真太郎 at 14:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代文明

夢の古代秘宝 史上空前の大発掘SP まとめ (その1)

2012年1月3日(火)TBS系で18:30から「緊急スクープ!!世界初公開…夢の古代秘宝史上空前の大発掘SP」が放映されました。
http://www.tbs.co.jp/program/yumenokodaihihou.html

久々に良質な日本の地上波のミステリー番組でしたので備忘録を兼ねて、概要を記載します。
追って画像、関連リンクを追記します。

歴史上の発見、秘宝を「素材の貴重さ」「歴史的価値」「芸術性」「ミステリー度」の4つの視点から各25点で採点し、100点満点で順位をつけるという構成です。イギリスBBCのナショナルジオグラフィックと共同制作で再現映像などを借りています。

また、マヤのピラミッド、ブルガリアトラキア人の古代黄金文明、ローマ皇帝ネロの遺跡、三か所の発掘現場と中継を結ぶという演出で、各遺跡の発掘現場を放映しました。それぞれの発掘現場には日本人のタレントが行き、現地の紹介を行いました。

世界の有名オーパーツの紹介もあり「聖徳太子の地球儀」はスタジオで直接映されました。番組で紹介されたオーパーツ "Out of Place Artifacts" (場違いな工芸品)は次の通りです。

  • アメリカ 白亜紀の地層から出土したハンマー

  • エジプト ハトホル神殿の白熱電球様の壁画

  • 水晶髑髏(クリスタル・スカル) 13個集まると2012年12月21日、地球を滅亡から救うと言われている。
     

  • 古代エジプトの木製飛行機模型 BC200頃の王族の墓から出土。エジプトのカイロ博物館に展示。

  • 聖徳太子の地球儀 兵庫県に斑鳩寺(聖徳太子建立)に伝わる地球儀


  • ※上記オーパーツはすべて日本語Wikipedeiaの「オーパーツ一覧」で解説されています。

    マヤのピラミッド発掘と併せて2012年マヤの人類滅亡予言、天文ピラミッド、マヤ歴の紹介をしていました。マヤ歴は365日の太陽暦と260日の神聖歴を組み合わせた複雑な暦であることも説明していました。

    ミステリーファンとして初見のトピックはほとんどありませんでしたが、細部については新しく知ることもあり、ハイビジョンの美しい映像は見ごたえがありました。

    第1位から第10位までです。画像、解説は随時順番に追加していきます。



    第1位 300兆円!史上最高の黄金
    ツタンカーメン王の墓

    有名なツタンカーメン王のマスク。


    ツタンカーメン王の三重の黄金の棺。一番奥に黄金マスクが小さく写っています。

    素材の貴重さ:25点
    歴史的価値:24点
    芸術性:23点
    ミステリー度:23点
    合計:97点

    1922年、イギリス人考古学者ハワード・カーターが発見。
    エジプト・ルクソール王家の谷。
    多くの考古学者がツタンカーメンの墓を発掘。
    王家の谷をマス目上に区分けし、ひとマスづつすべて発掘。
    5年かけても成果なし、最後の区画に古代の小屋の遺跡があり、そこを取り壊して発掘。
    ツタンカーメンの墓を発見した。
    黄金の玉座、黄金のベッド、黄金の戦車など。

    奥の部屋には、三重の人型黄金の棺(一番中は純金)、その中にはあの有名な黄金のマスクが収められていた。

    吉村作治教授談「ツタンカーメン王墓から発見された財宝の価値はアメリカの国家予算1年分」約300兆円(考古学的価値を含む)。

    ツタンカーメン(Tutankhamun、Tutenkh-、-amen、-amonとも、紀元前1342年頃 - 紀元前1324年頃、)は、古代エジプト第18王朝のファラオ(在位:紀元前1333年頃 - 紀元前1324年頃)。より厳密な表記ではトゥト・アンク・アメン(Tut-ankh-amen)という。Wikiより


    説明不要の有名なトピックです。財宝がほぼ手つかずで発見されたエジプト最初の墓であったこと、関係者が次々に死亡し「ファラオの呪い」が噂されたこともあり、最も有名なエジプト王のひとりです。

    「ファラオの呪い」については、近年の研究で関係者の死亡年齢と、同時代の他の人々の死亡年齢に統計的な差異はないことが証明されています。関係者の平均死亡年齢は70歳であり、当時においては、ほぼ寿命であるといえるでしょう。英文Wikiにもこのことが記述されています。

    【関連リンク】
    ツタンカーメン - Wikipedia まずはここから。
    ツタンカーメン死の真相(英語) 脚の骨折とマラリアで亡くなったとする最新の説です。 
    ファラオの呪い-Wikipedia 日本語は短く呪いがあった論調。英文の方が詳細に論じています。





    第2位 黄金で埋め尽くされた逆さまミイラ
    シカン文明の王墓

    黄金のマスク(メトロポリタン美術館所蔵)


    東の墓から発見された黄金のつづら

    素材の貴重さ:13点
    歴史的価値:19点
    芸術性:17点
    ミステリー度:25点
    合計:83点

    ペルー北部、バタングランデ。
    1000年前の巨大神殿から世紀の大発見が見つかった。
    南イリノイ大学、考古学者、島田泉教授がシカン文明を発見し名付けた。
    1991年、黄金のつづらを発見。
    黄金遺物を大量に発見、約100点。
    インカ帝国のルーツとなった文明。
    墓の主が逆さに埋まっていた。
    別の場所でミイラになって、埋葬の前後に頭が離れたと思われる。
    頭は逆さではなく、体の前に置かれていた。

    逆さに埋葬されていたのは今でも謎。

    シカン文化はペルー北部沿岸で750年〜1350年頃のプレ・インカ時代に栄えた文化。南イリノイ大学人類学科教授の島田泉により名づけられた。「シカン」とは「月の神殿」を意味する。地名からランバイエケ文化とも呼ばれるが、これらが別々の文明なのかどうかは論争の的となっている。文化的変動に基づき、前期・中期・後期の3つの時代に分かれる。Wikiより

    日本人研究者、島田泉教授が20年以上の発掘をして多大な成果を上げています。シカン文化発見の時にはオカルトファンや古代文明ファンの間ではかなり話題になりました。

    【関連リンク】
    シカン文化 - Wikipedia まずはここから。
    シカン文化学術調査団 調査団公式サイト。右上の日の丸を クリックすると日本語になります。
    島田泉 (考古学者) シカン文化の名付け親、島田泉教授の解説。




    第3位 エジプト最強王が造った光の魔人
    アブ・シンベル神殿

    アブ・シンベル大神殿の外観


    至聖所への回廊(大列柱室)


    至聖所に日光が到達した瞬間。彫像は左からプタハ神、アメン・ラー神、ラムセス2世、ラー・ハラクティ神。

    素材の貴重さ:14点
    歴史的価値:25点
    芸術性:22点
    ミステリー度:21点
    合計:82点

    イタリア人探検家、トレジャーハンター、ジョバンニ・ベルツオーニが発見。
    財宝を求めナイル川を妻サラと共に3km以上遡った。
    砂に半分埋まった巨大神殿を発見。
    翌年、人を雇い入り口を発掘、黄金を求めて中に入る。
    古代エジプト最強王といわれるラムセス2世の像を発見。
    ラムセス2世が権力を誇示するために造営した神殿。
    黄金は見つからなかったが、世紀の発見をした。
    現在も年2回、太陽の光が神殿に入り入り口から63mのラムセス2世の像を照らす光景。

    オリジナルは、砂岩でできた岩山を掘り進める形で作られた岩窟神殿。大神殿と小神殿からなる。建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世。大神殿は太陽神ラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としている。小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造されたものでもある。


    建設後、長い年月の内に砂に埋もれていたが、1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、1817年にブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘された。

    1960年代、ナイル川にアスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘へ、コンクリート製のドームを基盤とする形で移築された。
    Wikiより。

    アスワンハイダム建築の際に移設されたこと、この移設をきっかけにUNESCOの世界遺産が創設されたことなどで有名な遺跡です。

    また番組でも紹介されたように、年に2回、春分の日と秋分の日に神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥の4体の像のうち、冥界神であるプタハを除いた3体を明るく照らすようになっており、観光の名物になっています。

    【関連リンク】
    アブ・シンベル神殿 - Wikipedia まずはここから。例により英文の方が遙かに詳細。




    第4位 人工衛星が捉えた巨人族の墓
    アマゾン モホス大平原の水路(テラプレン)、丘(ロマ)、四角い湖

    上空から撮影したアマゾン古代文明の水路、集落の痕跡


    アマゾン古代文明のイメージイラスト (画像引用元

    素材の貴重さ:9点
    歴史的価値:25点
    芸術性:16点
    ミステリー度:点
    合計:25点

    ボリビア モホス大平原に巨人族の墓がある。
    総延長5000kmの道が衛星写真により発見。
    1辺数キロの四角い湖、2万個以上の丘(ロマ)。
    丘の一つから身長2mを超える巨人の人骨が発掘された。
    DNA分析の結果、遺伝子は中国東北部山東省のものと一致。
    山東省出身の孔子の別名は長人。9尺6寸、2m以上。
    彼らの子孫が南米に渡ったのか?
    さらに、リーダーと思われる全身を装飾された人物の墓も発見された。
    (額に青銅の鏡?、コイン?を付けていた。)
    四角い湖では魚の養殖もされたと考えられている。

    「アマゾン 巨人族の墓」でこの記事に来る人が多いようですが、TBSのテレビ番組以外に「巨人族」のソースが見つかりません。立教大学の実松克義教授のインタビュー記事でも身長180cmの人骨が発見されたことは書かれていますが、巨人族については言及がありません。

    身長2mの人骨は以前のTBSの番組「TBS『古代発掘ミステリ− 秘境アマゾン巨大文明 〜歴史が変わる第2弾!!〜』」でドイツ人研究者が発掘した、となっていますがソースが見つかりませんでした。

    一般的には「古代アマゾン文明:ancient amazon civilization(英語):civilizacion amazonica antigua(スペイン語)」と言うようです。これは検索すると関連ページが多数ヒットします。「モホス文明:moxos civilization、mojos civilization(英語)」は日本語または日本のメディアが配信した英文記事以外、ほとんど検索に出てきませんでした。

    古代アマゾン文明は、紀元前200〜300年頃から1200年代後半までのキリスト教伝来以前に栄えた、アマゾン川流域の古代文明の総称です。

    古代アマゾン文明は世界中の研究者が研究を進めていて、ブラジルとボリビアにまたがるアマゾンに文明の痕跡が多数発見されています。中心となっているのはブラジル・パラ連邦大学 "Federal University of Para" のデニス・シャーン"Denise Schaan"博士です。

    英語、スペイン語の古代アマゾン文明の記事を見ても巨人についての記述は見当たりませんでした。ソースをご存知の方がいましたら、コメントをお寄せください。

    【関連リンク】
    CIVILIZACION DESCONOCIDAS EN EL AMAZONAS スペイン語。アマゾン未知の文明。
    "Lost" Amazon Complex Found; Shapes Seen by Satellite 英語。ナショジオ。失われたアマゾン複合体を衛星から発見。
    Luftbilder zeigen Uberreste einer Amazonas-Kultur ドイツ語。高画質の画像8枚。古代アマゾン文明の遺跡を撮影した空中写真。
    古代アマゾン文明 新巨大遺跡の発見=ブラジル - (大紀元) 日本語。古代アマゾン文明発見の概略。
    ボリビア・アマゾンの古代文明 実松 克義 氏 立教大学実松教授のインタビュー。4ページあり。
    実松 克義ホームページ 実松克義教授のHP。古代アマゾン文明についての記述あり。
    ノート:アマゾン文明 Wikiでもソースの信頼性について議論されています。
    Moxo people - Wikipedia モホス平原に暮らす人々。キリスト教伝来以前の古代文明について記述があります。



    第5位 人類史上最も稼いだ絵
    ナスカの地上絵

    最も有名なハチドリの地上絵。


    サルの地上絵。


    ナスカの地上絵を一覧で示した図。

    素材の貴重さ:3点
    歴史的価値:24点
    芸術性:20点
    ミステリー度:25点
    合計:72点

    20世紀飛行機の発見が大発見をもたらした。
    南米ペルーの砂漠に描かれた地上絵。
    コンドル、サル、犬など。
    動植物70、幾何学図形700、直線は数千から1万、滑走路のような地上絵も。
    最新の研究では、目的は雨乞いのために造られたのではないかという説が有力。
    山形大学の最新の研究成果も紹介。

    ナスカの地上絵のおかげでナスカ市が生まれ、いまでも観光客が世界中からきている。
    人類史上最も稼いだ絵といえるだろう。

    ナスカの地上絵(ナスカのちじょうえ)は、ペルーのナスカ川とインヘニオ川に囲まれた乾燥した盆地状の高原の地表面に「描かれた」幾何学図形、動植物の絵。

    紀元前2世紀から6世紀の間に、「描かれた」と考えられている。

    1939年6月22日、動植物の地上絵は考古学者のポール・コソック博士により発見される。ドイツの数学者、マリア・ライヒェがこの地に住み着き、彼女を中心として、地上絵の解明作業と、保護が行われるようになった。あまりにも巨大な絵が多く、空からでないとほとんどの地上絵の全体像の把握が難しい。このような巨大な地上絵を何故描いたのかというのが大きな謎の一つとなっている。

    近年、自動車の侵入による破壊が著しく、消滅の危機にある。

    2011年1月18日、山形大学は、人文学部坂井正人教授(文化人類学・アンデス考古学)らのグループがペルー南部のナスカ台地で新たな地上絵二つを発見したと発表した。新たな地上絵二つ(人の頭部、動物)はナスカ川の北岸付近で見つかった。人間の頭部と見られる絵は横約4.2メートル、縦約3.1メートルで、両目・口・右耳の形が確認されている。動物と見られる絵は、横約2.7メートル、縦約6.9メートル。種類は特定できていない。Wikiより

    世界の謎というと、必ずといっていいほど取り上げられるナスカの地上絵。ペルーの砂漠に描かれた謎の地上絵です。描き方は簡単で、表面の砂、岩などを取り除いて地表を露出させているだけです。

    ただ、誰が何のために描いたかが謎となっています。

    近年、山形大学の坂井正人准教授が中心となって、ナスカの地上絵を研究するプロジェクトを立ち上げ、成果を上げています。JAXAの衛星「だいち」の画像も利用して研究を進めています。

    【関連リンク】
    ナスカの地上絵 - Wikipedia まずはここから。
    Nazca (Nasca) Lines 高画質の地上絵画像たくさんあります。
    google画像検索「ナスカの地上絵」 画像たくさん出てきます。英語の検索結果も面白い。
    世界遺産『ナスカの地上絵』に関する学際的研究 山形大学のHP。研究成果のPDF、HTMLあり。





    第6位 ヒーローが発見した幻の空中都市
    空中都市マチュ・ピチュ

    マチュピチュで一番有名な構図の写真。


    日時計。


    マチュピチュに虹がかかった神秘的な光景。1600×1200の大きい画像はこちら

    素材の貴重さ:5点
    歴史的価値:25点
    芸術性:18点
    ミステリー度:19点
    合計:67点

    インディ・ジョーンズのモデルといわれるアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガム。
    20世紀の初めマチュ・ピチュを発見。
    スペイン人も発見できなかったインカの秘密都市。
    列車ハイラム・ビンガム号で4時間の旅。
    造られた目的はインカ皇帝の別荘という説が有力。
    元からある石を削りだして作成した、インティワタナ(日時計)。

    マチュ・ピチュ(Machu Picchu)は、ペルーのウルバンバ谷に沿う高い山の尾根(標高約6,750ft=2,057m)に位置する、よく保存されたインカの遺跡。「マチュ・ピチュ」はケチュア語で「老いた峰」を意味する。山裾からはその存在を確認できず、しばしば「空中都市」「空中の楼閣」「インカの失われた都市」などと呼ばれる。

    この遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっている。遺跡の面積は約13km2で、石の建物の総数は約200戸が数えられる。

    熱帯山岳樹林帯の中央にあり、植物は多様性に富んでいる。行政上クスコと同じ地域に属している。現在ペルー国内では10ヶ所あるユネスコの世界遺産のうちでは最初にクスコと同時(1983年)に指定された。

    未だに解明されていない多くの謎がある遺跡でもある。2007年7月、新・世界七不思議の一つに選ばれた。 Wikiより

    これも有名な世界遺産です。詳細は関連リンクでご確認を。新たに付け加えることはありません。一度は見に行きたいと思います。

    【関連リンク】
    マチュ・ピチュ - Wikipedia まずはここから。日本語版、詳しくできています。
    Machu Picchu(英語) マチュ・ピチュの美しい画像と詳細な情報。ヴァーチャル・ツアーがあり、各ポイントからの360度画像が見られます。





    第7位 19時間で消滅した古代都市
    ベスビオ火山の噴火で滅んだ都市、ポンペイ遺跡

    ヴェスヴィオ火山噴火のイメージCG。


    カール・ブリューロフ作、「ポンペイ最後の日」

    素材の貴重さ:3点
    歴史的価値:15点
    芸術性:20点
    ミステリー度:16点
    合計:64点

    発見者 建築家 ドメニコ・フォンターナ。
    イタリアナポリに近いポンペイ。
    今から2000年前に滅んだ都市がまるごと残っている。
    貴族の家、劇場、コロッセオ、水道などが残っている。
    上水道が2000年前に完備。
    西暦79年、近くのベスビオ火山の噴火により10時間で埋まってしまった。
    人型の石膏像も多数残されている。死体の空洞に石膏を流し込み型をとったもの。

    謎の遺跡が残っている。「秘儀荘」。
    大広間にフレスコ画がのこされた家があり、秘密の宗教儀式を行ったと考えられている。
    祭神は酒と豊穣の神ディオニソス(バッカス)。

    現在も発掘が続いている。

    ポンペイ(ラテン語:Pompeii、イタリア語:Pompei)は、1世紀までナポリ近郊にあった都市で、イタリアの世界遺産である。79年のヴェスヴィオ火山噴火による火砕流によって地中に埋もれた。18世紀に発掘が開始され、現在は主要な部分が有料で一般公開されている。

    末期はローマの属国となり、ローマ人の余暇地として栄えた。最盛期の人口は約2万人といわれる。噴火直後に当時のローマ皇帝ティトゥスはポンペイに使者を出すが、市は壊滅したあとだった。市民の多くが火砕流発生前にローマなどに逃げたが、火砕流が発生した時に市内に残っていて助からなかった市民も多くいた。Wikiより引用



    番組でも紹介された、家族とされる石膏像。父親が最後の力を振り絞り、妻と子供を守ろうとしている。

    ベスヴィオ火山の噴火により、一瞬にして滅んだ町、ポンペイ。

    人類史上の災厄の中でも特筆すべき悲劇です。

    噴火の火山灰はもとより、火砕流に飲み込まれたら助かる術はほとんどありません。火砕流は時速数十kmから最高で100kmを超えることもあるといわれています。ポンペイは火砕流の被害にあった代表的な都市でもあります。

    ユネスコの世界遺産にもなっている、この遺跡が貴重なのは、2000年前の都市がそのまま保存されているため、町全体がいわばローマ時代の博物館となっていることです。

    ポンペイ遺跡は様々なことを現代に生きる我々に語りかけています。

    【関連リンク】
    ポンペイ - Wikipedia まずはここから。日本語もかなり詳しくできています。




    第8位 世界最大!?天空に続く巨大階段
    古代出雲大社の巨大社殿

    古代出雲大社の復元図 監修:福山敏夫、復元:大林組プロジェクトチーム、画:張仁誠
    季刊大林」より引用

    素材の貴重さ:4点
    歴史的価値:25点
    芸術性:9点
    ミステリー度:22点
    合計:60点

    世界最大の木造建築物は日本にあった。
    島根県出雲市。
    近年の発掘により古代出雲が実在したことがわかってきている。
    358本の銅剣が一か所から出土。
    それまで全国で見つかっていた銅剣は約300本。
    それを超える数が一度に見つかった。
    銅剣は当時は金色に輝き、権力を象徴するものだった。
    それが一度に大量に見つかったことは出雲の権力の強大さを示すものともいえる。

    実物は島根県立 古代出雲博物館に保管されている。

    加茂岩倉遺跡からは39個の銅鐸が出土。
    銅剣と共に国宝に指定されている。

    現在の社殿の高さは東大寺大仏院の半分ほど。

    境内発掘調査の際に大きな木を3本束ねた直径3mの巨大な柱が発掘された。

    神社に伝わる古代の社殿の設計図によれば、東大寺大仏殿より大きく高さ48m(ビル16階の高さ)であった。

    資料は以前からあったがあまりにも途方もない大きさのため、神話と思われてきたが柱の発掘により事実であることがわかった。

    新しく再現のため鋳造した銅鐸、銅剣がスタジオで映された。もちろん錆がなく金色に光っていました。

    第9位 地下に古代の超高層マンション
    トルコ東部 アナトリア高原カッパドキア地下都市

    石灰岩の奇景が広がるアナトリア高原。


    石灰岩の岩山をくり抜いたカッパドキアの住宅。


    地下に、このような大規模な都市遺跡が発見されました。

    素材の貴重さ:3点
    歴史的価値:21点
    芸術性:10点
    ミステリー度:25点
    合計:59点

    1965年、地面に開く穴に考古学者が入ったら広大な地下空間が広がっていた。
    地下90m、21層。
    カッパドキアには30以上の地下都市が存在し、10万人以上収容可。
    東海大学 アイダン・オメル教授 現在の技術で掘ろうとするとかなり難しい。

    ワイン貯蔵庫、学校、井戸などが造られており、外的侵入用の石のドアも作られている。

    キリスト教徒が迫害から逃れて作った?

    BC5世紀、古代ギリシアの歴史家クセノポンの著作「アナバシス」によれば「ここでは家が地下に造られており、井戸の口の様な出入り口がついているが下は広い。」と書かれておりキリスト教以前に造られていた可能性が高い。

    この地下都市には人々の暮らしていた痕跡もほとんどなく、謎の遺跡となっている。

    外敵を防ぐためといわれる丸い石の扉。


    カッパドキア地下都市の概略図。

    トルコのアナトリア高原に広がる石灰岩の大地、カッパドキア。石灰岩の岩石と遺跡群は世界遺産にも指定されています。東西の文化が衝突し融合したトルコの地には、有史以前からの文明の痕跡が多数残されています。

    奇岩で有名なカッパドキアの地下に都市があるということが、ムーに掲載されたのは1980年代の後半だったでしょうか。それから数十年が経ちましたが、現在も解明されていない謎のひとつです。

    【関連リンク】
    カッパドキア - Wikipedia カッパドキアについての概説。日本語も結構詳しい。
    Derinkuyu Underground City - Wikipedia 英語では「デリンクユ地下都市」と呼ぶようです。例によって日本語はありません。
    デリンクユ地下都市 ヒストリーチャンネルが10分程度に美しい映像をまとめています。

    第10位 古代のスーパーコンピューター
    アンティキティラの歯車

    左:発見された歯車、  右:復元された機械装置。機械装置は他の復元モデルもあります。

    素材の貴重さ:7点
    歴史的価値:16点
    芸術性:8点
    ミステリー度:25点
    合計:56点

    ギリシア アンティキティラ島で1900年にダイバーに沈没船の中から発見される。
    他の遺物は彫像など。
    直径13cm、刻まれたギリシア文字から紀元前82年ころのものと判明。
    X線で撮影したところ、細かい歯車が写り、全体を再現すると天体運行を表示する計算機であることが判明。
    4年に一度の閏年まで算出可、オリンピック開催もこの計算機で算出していたことを示す、オリンピック「OLYNPIA」の文字が文字盤に刻まれていた。

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    posted by 桜 真太郎 at 14:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 古代文明